第1話 「島の少年と、軍船の影」 ◆プロローグ:アルダ大陸・軍議会 厚い石壁に囲まれた会議室に、鉄と革の匂いがこもっていた。 長い楕円形の机の中央には、一枚の地図。 海のど真ん中に小さく描かれた黒い島——その名は「双極島」。 周囲を囲むのは、鎧を着込んだ男たち。胸にはアルダ大陸軍の紋章。 世界最大の軍事大陸、その中枢にいる将たちだ。 「……つまりだ」 低くよく通る声が、部屋のざわめきを貫いた。 「この島の北端と南端には、“神の遺産”が眠る。 魔神と武神、その力を手にした者は——世界の覇権を握ることができる」 話しているのは、黒髪を後ろで束ねた一人の軍隊長だ。 三十代前半ほどだろうか。鋭い目つきが、すでに戦場の気配を帯びている。 「またその話か」と、白髪まじりの将軍が鼻を鳴らす。 「噂だろう。神の力だの遺産だの、誰も実際に手に入れていない」 「ですが——」 別の将が口を挟む。 「双極島を“挑戦の地”として利用している諸国が、兵を鍛え、名声を得ているのも事実。 我らアルダが後れを取るのは、許されぬことです」 軍隊長は静かに頷く。 「噂でも構わない。 世界中の目があの島に向いている。ならば——我々が最初に“神の力”を得た国として名を 刻む」 机の上で彼の手が、島の南側を指でなぞる。 「双極島の“南端”。武神の領域だ。 我ら武を尊ぶアルダにふさわしい標的じゃないか」 部屋の空気が、じわりと熱を帯びる。 「しかし危険度も段違いです」と老将。 「双極島は、行きは自由だが帰りは知らぬという“挑戦者制度”だ。 兵を失えば、そのまま損失になりますぞ」 「だからこそだろう」 軍隊長は薄く笑った。 「選りすぐりの兵と……“使いの子ども”を連れていく」 「奴隷階級か」 別の将の口元に、冷たい笑みが浮かぶ。 「どうせ大陸では酷使される子どもたちだ。 島の環境でどこまで生き残るか、試してみる価値はある」 「粗末に扱っても問題にはならん。 だが、もしその中から化け物が出れば——それは“我が軍の成果”というわけか」 机の周りで、乾いた笑い声がいくつか漏れた。 軍隊長は、笑い声には乗らず、そのまままっすぐ地図を見据える。 「決めるのは、あなた方だ」 その言葉に、重厚な沈黙が落ちる。 やがて、最初に鼻を鳴らしていた白髪の将軍が、腕を組んだまま言った。 「……よかろう。 アルダ大陸軍として、双極島への“挑戦部隊”派遣を認めよう」 「賛成だ」 「同意する」 椅子が軋む音と共に、次々と賛同の声が上がる。 軍隊長の口元に、今度こそはっきりと笑みが浮かんだ。 「——決まりだな」 彼は地図の上の島を、軽く指で叩いた。 「双極島。神に挑む最初の軍は、アルダだ」 ◆訓練場にて:「待ってたぜ」 軍議会の建物を出ると、眩しい日差しが甲冑を照り返した。 石畳を歩き、城壁の内側に広がる訓練場へ向かう。 砂の匂いと、汗の匂いと、怒声と、木剣のぶつかる乾いた音。 「走れェ! 脚を止めるな下っ端ども!!」 上官の怒鳴り声に、若い兵士たちは必死の形相で周回している。 その片隅に、年端もいかぬ少年少女たちの集団もいた。 ボロ布のような服、腕や足には青あざ。 しかし目だけは、妙にギラついている。 ——“使いの子ども”。 兵士の荷物持ち、雑用、訓練の手伝い。 アルダの軍で最も下の下に位置する、奴隷階級の子どもたち。 軍隊長が訓練場に姿を見せると、動きが一瞬だけ揃ったように止まり、すぐにまた音が戻 る。 「隊長だ……」 「今日のしごき、増えるぞ……」 小声があちこちから漏れる。 軍隊長は、走っている兵士の列の前に、ゆっくりと歩み出た。 「止まれ!」 号令一つで、兵士たちは砂埃をあげて立ち止まる。肩で息をしながら、一斉に敬礼。 「よく走ったな」 かと思えば、次の瞬間には表情を変える。 「——だが、双極島はその程度の疲れなど“息抜き”に過ぎんらしいぞ」 兵士たちの背筋が、ぞくりとこわばった。 「伝令!」 待っていたかのように、若い兵士が駆け寄ってくる。 「はっ! 軍議会より通達! アルダ大陸軍は“挑戦部隊”を編成し、双極島へ——」 言い終わる前に、軍隊長が手を挙げて制した。 「分かった。ご苦労」 彼は空を見上げ、ゆっくりと息を吐く。 「……待ってたぜ」 低く呟く声は、すぐ近くにいた兵たちにだけ届いた。 「手に入れようじゃないか、“神の力”を」 その言葉に、兵士たちの間でざわめきが走る。 訓練場の端でそれを見ていた“使いの子ども”たちの中に、 ひときわ強い目をした少年と、涼しい目の少女がいた。 少年は、握った拳に血が滲むほど力を込めている。 少女は、周囲を観察するように、じっと黙って軍隊長を見つめていた。 ——彼らの名が、パイルとナッドであることを、 今この場で知る者は少ない。 ◆双極島・セントラル:港の朝 同じ頃。世界の反対側——双極島。 中央港町セントラルの朝は、いつも忙しい。 ギラッと光る朝日。きらきらと跳ねる海面。 港には各大陸からの船が列をなし、 網を干す漁師、荷を運ぶ港の男たち、 そして観光客と挑戦者たちの歓声が、巨大なざわめきの塊になっている。 その人波の中を、ひときわ小柄な少年が走り回っていた。 「はいこれ、ロープ! こっちの樽はあっちの船ね! ……って、重っっ!!」 少年の名は、グラニ・レイート。十一歳。 港で物資運搬の手伝いをしている、商人家系の息子だ。 肌はよく日に焼け、髪も服も潮風で少し跳ねている。 「熱っ……! なんていい天気だ!」 汗を腕で拭いながら、グラニは笑った。 暑さでぐったりしている他の子どもたちとは違い、 どこか楽しそうに見えるのが、彼らしいところだ。 「おい、グラニ!」 声をかけてきたのは、小型船の船長だ。 ごつごつした手で、紙を一枚差し出す。 「この荷は全部あっちの倉庫。 それと——」 「最後に物資補充でしょ? さっき言ってたやつ」 「おう、話が早くて助かるな。 街に、こういう網はあるか?」 船長が示したのは、ところどころ破れた大きな漁網だった。 グラニは一目見るなり頷く。 「あるよ。メーカーさんとこに。 すぐ対応する!」 グラニは荷のメモを頭の中で素早く整理すると、 樽を二つ運び終えてから、港の奥へと走り出した。 「クソ……楽しそうだなぁ〜」 走りながら、ふと視線を上げる。 港の一角、立派な木のカウンター。 そこでは、陽気な中年男が、観光客たちと大笑いしていた。 「あっはっは! だんなぁ〜! そんな装備で北に行ったら、一瞬で“氷漬けの観光客”になっちまいますよ〜!」 「ええ!? じゃあどんな服がいいんだい!」 「そりゃあもちろん、うちの島で買える“特価の毛皮セット”で——」 男の名は、グリーン・カイラン。 港の受付のおじさんにして、案内人。 明るく商売上手で、誰とでも気軽に喋る“人気者”だ。 グラニは、にぎやかな笑い声を横目に見つつ、 橋を渡って港から街へ向かう板道を駆け抜ける。 「クソ……楽しそうだなぁ〜」 さっきよりもほんのちょっと、声が大きかった。 「おーい、グラニ! 走ると落ちるぞー!」 船長の声が背中から飛んでくる。 「大丈夫ー! 落ちたら自分で泳いで戻るー!!」 そう叫び返しながら、グラニは海木の橋を全力で走った。 ◆メーカーショップへ走れ 港から街へ続く坂道は、朝から大忙しだ。 魚を抱えたおばさんたち、武器を背負った挑戦者、 どこの大陸か分からない服装の商人。 その間を、グラニは器用にすり抜けていく。 「どいてくださーい! 走りまーす!」 「お、グラニじゃねぇか。 またどっかの船にこき使われてんのか?」 「使われてるんじゃない、“仕事してる”の!」 軽口を叩きながら坂を駆け上がり、 石畳の角を曲がると、見慣れた看板が目に入る。 『メーカーショップ』 木の扉を押し開けると、店の中には道具がぎっしり。 ロープ、桶、ナイフ、針、そして大量の網。 カウンターの向こうから、がっしりした男が顔を出した。 「よぉー、グラニ。 今日は何が欲しいんだ?」 「船長がさ、網が破けたって。 これくらいの大きさの、替えが欲しいって」 グラニは手で大きさを示しながら言う。 メーカー——この店の主は、顎をさすりながら笑った。 「またか。最近は近郊の海だけじゃなくてなぁ…… ステリア諸島あたりも“やばい魚”がいるって話だぞ」 「魚なの?」 グラニは思わず聞き返す。 ステリア諸島。武と魔法を両方扱う“ミックス”な人材が多い、 変わり種だらけの島々連合だと聞いている。 メーカーは奥の棚から大きな網を引っ張り出しながら、 グラニに冷たいジュースの入った木のコップを差し出した。 「ほらよ。話の続きはこれ飲みながら聞け」 「ありがと!」 グラニは一気に半分ほど飲んで「ぷはぁ」と息を吐いた。 「で、“やばい魚”って?」 「魚とは言えねぇな、ありゃぁ」 メーカーは肩をすくめる。 「でっけぇ口で船ごと齧ろうとする、狂暴なやつだ。 でも、うまいらしい」 「おいしいの?」 「おぉ。骨も腹ん中の石も、高く売れるってよ」 グラニの頭の中に、巨大な牙の生えた魚が浮かぶ。 その上に乗って、笑いながら斬りまくる誰かの姿も一緒に。 「まぁ、アルダ大陸の有名な軍隊長とかなら、 三枚おろしにしてくれるぜ、きっと」 メーカーが笑うと、グラニも笑った。 「三枚おろしってレベルなの、それ……」 会話を終えると、メーカーは大きな網をグラニに渡した。 「ほら。これならしばらく破れねぇよ。 船長に、メーカーが保証してるって言っとけ」 「うん! ありがとう!」 網は大きくて重い。 グラニは引きずらないよう必死に持ち上げ、 少しよろけながら店を出た。 坂道を下りながら、彼はふと思う。 ——アルダ大陸の、有名な軍隊長。 本当にそんな人が、ここ双極島に来たりするのかな。 「……まさかな」 そう呟いて笑い、グラニは再び港へ向かった。 ◆グリーンと、父の知らせ 船のそばまで戻ると、すでに荷の積み込みはほとんど終わっていた。 「おー、グラニ。 その網、ちょうどよさそうじゃねぇか!」 船長が手を振る。 「メーカーさんが“これならしばらく破れない”ってさ!」 グラニは誇らしげに網を差し出した。 「さすがだな。 あとでジュース代、請求しとけよ」 「え、バレてた?」 そんなやり取りをしていると、 背中から陽気な声が飛んできた。 「グラニ〜、船の仕事はもう終わったのかぁ〜?」 振り向くと、そこにはグリーンがいた。 受付のカウンターから離れ、港をひょこひょこ歩いてきたらしい。 「グリーンさん! 船の網、替えに行ってきた!」 「おー、お疲れさま。 だんなぁ〜、この子がいなかったら、あんたの船もう沈んでますよ〜?」 「そりゃ困るな!」 船長も笑い、グラニも笑う。 グリーンはふと思い出したように、指を鳴らした。 「そうだそうだ。グラニ、お前の親父さんがお前を探してたぞ〜」 「え?」 「さっき別の船で、船底の確認してた。 “グラニ見てないか”って聞かれたから、“働きすぎて海に溶けました”って答えといた」 「やめてよ!」 グラニは頭を抱えながらも、笑いをこらえきれない。 「わかった。仕事終わったら、すぐ行く!」 「そうしな〜。迷子になるなよ〜、十一歳〜」 「もう子ども扱いしないでよ!」 そう言い返しながら、グラニは最後の荷物の確認を手伝い、 夕方前には、父のいる船へ向かった。 港の別の桟橋。大きめの船のそばで、 父・バン・レイートは工具片手に船の側面を叩いていた。 「おー、グラニ。来たか」 振り向いた父は、無口そうな顔に、少しだけ笑みを浮かべる。 「こっちの船はどうだった?」 「大丈夫だよ。 メーカーさんのところでジュースも飲んだし」 「またか」 バンは苦笑いする。 「メーカーにはちゃんと“金取れ”って言ってあるんだけどな」 「たぶん取られてるよ、お父さんから」 「……それは困るな」 親子で小さく笑い合う。 港の喧騒の中で、それはささやかな安らぎの時間だった。 「それで、どうしたの?」 グラニが首をかしげると、バンは表情を少し真面目にする。 「あぁ。城から連絡があってな」 「城?」 この島の中心にそびえる、王城。 グラニも遠くから見ることはあっても、 中に入ったことはほとんどない場所だ。 「来週、アルダ大陸の軍が島に“挑戦”に来るらしい」 「アルダの軍が……!」 グラニの胸がどくんと鳴る。 「だから、それなりの補給が必要になる。 在庫で足りないものがないか、数えて、メーカーに伝えておいてくれないか」 「わかった! それだけ?」 バンは少し間を置き、使い込まれたハンマーを手にする。 「もう一つ。 このハンマーがそろそろ壊れそうでな。 ヘルグのところに持っていって、直してもらってくれ」 グラニは顔をしかめた。 「げ〜、カズのところか〜。行きたくないなぁ〜」 ヘルグの息子、カズ。 力自慢で自信家。グラニをからかうのが趣味みたいな年上の少年だ。 バンは肩をすくめる。 「ちょっとやられてこい」 「お父さんまで!」 「朝のうちに行けば、あいつもまだ寝ぼけてるさ。 明日の朝、頼んだぞ」 「……わかったよ。明日の朝ね」 夕日が海を赤く染める頃、 グラニは父と別れ、家へと戻った。 その夜は、母イールと二人で先に晩ご飯を食べた。 母は港で働く人気者で、 今日も「大陸のお客さんがうるさかった!」と愚痴をこぼしながらも、 グラニの皿には肉をひと切れ多く乗せてくれた。 父の帰りを待たず、 グラニは布団に潜り込み、 「アルダの軍が来る」という言葉を頭の中で何度も転がしながら眠りについた。 ◆鍛冶屋ヘルグと、カズ 翌朝。 太陽がまだ低い位置にあるうちに、グラニは家を飛び出した。 肩には、例のハンマー。 「先にカズのところ済ませちゃおう……」 市場を抜け、小さな路地を曲がると、 熱気と金属音が混ざった空気が漂ってきた。 『ヘルグの鍛冶屋』 店の前には、すでに大柄な男が立っていた。 腕を組み、朝の空気を胸いっぱいに吸い込んでいる。 「よぉ、グラニ。朝からそのハンマーで、 うちのバカ息子を殴り起こしにいくのか? 頼んだぜ」 「違うってば!」 グラニが慌てて否定すると、ヘルグは豪快に笑いながら店内へ入っていく。 グラニも慌てて追いかけた。 「ヘルグさん! このハンマー、壊れそうなんだよ!」 「ん〜? どこが〜?」 ヘルグはわざとらしく目を細め、 ハンマーのあたりをもぞもぞと手探りするふりをする。 「だめだなぁ。老眼で見えねぇ〜」 「いや絶対見えてるよね!?」 グラニがツッコむと、 ヘルグは口元をにやりとさせる。 「んん〜、そうだな〜。 これ見えるか〜? “カズ〜”」 その言葉と同時に、 ヘルグはハンマーをひょいと持ち上げ、 グラニの背後を指さした。 ギョッとして振り向くと—— そこには、グラニより二回りは大きい少年が立っていた。 「……おはよー、ちびグラニ」 「うわっ!」 カズはあくびをしながら、 グラニの頭を軽く小突く。 「あぁ〜、見えねぇなぁ〜。 俺の目には、ハンマーよりちびが先に映っちまうからな〜」 「性格悪っ!」 ヘルグは腹を抱えて笑う。 「直しといてやるよ、そのハンマー。 昼までには終わる。後で取りにきな」 「ありがとう、ヘルグさん」 「カズ、お前はこいつをちゃんと見習えよ。 朝から仕事してんだぞ」 「えー? 俺は島の未来の大戦士だからさぁ。 朝は寝て力をためる時間なんだよ」 「意味分かんない理屈!」 からかわれっぱなしなのが悔しくて、 グラニは足早に鍛冶屋を出た。 背中からカズのニヤニヤした視線を感じながらも、 振り向かずに港へ向かう。 「……疲れた」 まだ一日の始まりなのに、 グラニは胸の中でそう呟いた。 ◆受付の椅子で語る夢 港に着くと、グリーンがいつもの受付カウンターの準備をしていた。 木の看板を立て、帳面を広げ、 「おすすめ観光コース」と書かれた紙を整えている。 「おはよ、グリーンさん」 グラニが声をかけると、 グリーンは顔を上げた。 「おっ、どうした〜? 朝から不機嫌な顔してるな〜?」 グラニは、受付の横に置かれた椅子にどさっと座る。 「今、鍛冶屋に行ってきたんだ。 もう疲れたよっ!」 グリーンは察したように、眉をひとつ上げた。 「あ〜、カズか〜。 またやられたのか〜? お前ら、本当に仲がいいな〜」 「仲良くない!」 むくれるグラニを見て、 グリーンはくつくつと笑う。 しばらくすると、 港に向かって歩いてくる人影が増え始めた。 「……そうだ、グリーンさん」 グラニはふと思い出したように口を開く。 「来週、アルダ大陸の軍が“挑戦”に来るらしいよ。 お父さんが城から聞いたって」 「おぉ〜、知ってるぞ〜」 グリーンは、まるで今聞いたばかりかのように目を丸くする。 「どんな奴らなんだろうなぁ〜。楽しみだなぁ〜。 だって——金になるぞ〜!」 「やっぱりそこ!?」 グラニは思わず吹き出した。 「でもさ、楽しみだよね。 アルダ大陸の軍隊長って、有名な人なんでしょ? 強いんだろうな〜!」 グリーンは、ニヤニヤしながらグラニを見下ろす。 「なんだなんだ〜、グラニ。 お前、戦士になりたいのか〜?」 グラニは一瞬だけ考えるふりをして、 すぐに笑顔で首を縦に振った。 「戦士でも、魔法使いでも、なんでもいい! かっこよければ!」 双極島で育った子どもらしく、 彼は島の危険もよく知っている。 だからこそ、怖さもある。 それでも—— 港で見る挑戦者たちの背中は、やっぱり眩しかった。 グリーンは大げさに頷く。 「そうだな〜。かっこいいのはいいことだ〜。 早く来てほしいな〜。 軍隊長も、戦士も、魔法使いも、そして——」 「そして?」 「金が!」 「もう〜!」 グラニは半分呆れながらも、 結局ふたりして笑い合う。 受付の椅子で過ごす朝。 それは、グラニにとってささやかな“夢の時間”だった。 ◆来週——軍船の影 それからの一週間、港町セントラルはいつも以上に賑やかになった。 「アルダの軍が来るらしいぞ!」 「“挑戦”か……また誰か戻ってこないのかもなぁ」 「軍隊長は相当な実力者だって話だ」 「奴隷の子どもも連れてくるって噂だぞ。 可哀想になぁ……いや、強くなるにはちょうどいいのか?」 大人たちは、酒場でも市場でも、 アルダの話題で持ちきりだった。 若者たちは、 「軍の武器を見てみたい」と目を輝かせる者もいれば、 「島の連中なんか見下されるに決まってる」と歯噛みする者もいる。 グラニはというと—— 毎日いつも通り港で働きながら、 そのたびに海の向こうをちらちら見ていた。 「まだかな……」 グリーンにからかわれることもしばしばだ。 「おーい、お前は仕事しろ〜。 見張り番はタダじゃないぞ〜?」 「ちゃんとやってるよ!」 そう言いながらも、 心のどこかはずっと、水平線に向けられていた。 そして——来週。 空はよく晴れ、風も穏やかな朝だった。 港の空気が、いつもとは違う種類のざわめきで満たされていく。 「来るぞ!」 誰かが叫ぶ。 グラニも、荷物を置いて海の方を見た。 遠く、海の地平線の向こう。 まだ小さな影が、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。 普通の商船よりも、ずっと大きく、 帆には見慣れない紋章が描かれている。 「アルダ大陸の……軍船だ」 父バンが、グラニの横に立ってぼそりと呟いた。 「粗相のないようにな」 「大丈夫! 仕事はいつも通りだから!」 グラニは、胸の高鳴りを抑えながら答える。 グリーンは受付カウンターの前で、 両手を広げて叫んでいた。 「さぁ〜〜!! 双極島へようこそ〜〜!! 今日は特別料金で〜〜す!!」 「特別料金なの!? 上がってるの!? 下がってるの!?」 周りの人々が笑う。 やがて、軍船は港の入り口へと差し掛かった。 船体の側面には、アルダ大陸軍の紋章。 甲板には、規律正しく並ぶ兵士たち。 その中に——普通の兵よりも少し小さい影が、二つ。 ひとりは、拳をぎゅっと握りしめて前を睨んでいる。 もうひとりは、冷静な目で周囲を見回している。 グラニは、その二つの影に気づいた。 「……あれ、子ども?」 胸の奥が、なぜかざわざわした。 ワクワクと、不安と、得体の知れないなにかが混ざった感情が、 一気に押し寄せてくる。 ——この日。 アルダ大陸から来た“使いの少年少女”が、 グラニの運命を大きく変えていくことになる。 だが今はまだ、 双極島の少年はそれを知らない。 ただ、海風の中で目を細め、 大きな軍船を見上げているだけだった。 「……すっげぇ」