「帰還」 ◆二日目の朝 目が覚めたとき、空が白くなり始めていた。 体が、重い。 全身が、痛い。 軍隊長は、ゆっくりと体を起こした。 「……生きてるな」 自分に確認するように、呟いた。 岩陰で眠った。 夜中に何度か物音がしたが、襲われることはなかった。 運が良かったのか。 それとも、何かに守られていたのか。 どちらでもいい。 「帰るぞ」 立ち上がる。 足が、震えた。 昨日の疲労が、まだ残っている。 体力は、完全には回復していない。 だが、止まるわけにはいかない。 軍隊長は、歩き出した。 ◆帰路の戦い 一時間後。 やつらが現れた。 トカゲ型モンスター。 今日は——三匹。 キィィィ!! 襲いかかってくる。 軍隊長は、剣を抜いた。 一匹目。 振り下ろす。 ……遅い。 自分の動きが、遅くなっている。 モンスターの爪が、腕をかすめた。 「っ……!」 血が、滲む。 軽傷だ。だが、前日なら避けられた攻撃だった。 「くそ……」 歯を食いしばる。 二匹目。 横から来た。 体をひねって避ける。 だが、バランスを崩した。 地面に、膝をつく。 三匹目が、飛びかかってきた。 ——間に合わない。 反射的に、剣を上げた。 ガキィン!! 爪と刃がぶつかる。 腕が、しびれる。 押し負けそうになる。 「……なめるなよ」 低い声。 軍隊長は、剣を押し返した。 体勢を立て直す。 三匹のモンスターが、距離を取った。 警戒している。 軍隊長は、深呼吸した。 (落ち着け……) 体力がないなら、技で補う。 力がないなら、読みで補う。 モンスターの動きを、見る。 次の動きを、予測する。 一匹目が、動いた。 左から来る。 二匹目と三匹目は、右から来る。 普通なら、挟み撃ち。 だが—— 「読めている」 軍隊長は、前に跳んだ。 モンスターたちの意表を突く動き。 一匹目の懐に、飛び込む。 剣を、突き刺した。 一匹目が、倒れる。 振り返らずに、剣を振る。 二匹目の首を、刎ねた。 三匹目が、逃げようとした。 「逃がさん」 短剣を投げる。 背中に刺さる。 三匹目も、倒れた。 「……ふぅ」 軍隊長は、肩で息をしていた。 たった三匹に、こんなに苦労するとは。 腕の傷から、血が流れている。 傷薬を塗らなければ。 「……休憩だ」 岩陰に座る。 副官がくれた傷薬を取り出す。 傷口に塗る。 しみる。 だが、出血は止まった。 「……ありがたいな」 副官の顔が、浮かんだ。 部下たちが、待っている。 早く、帰らなければ。 ◆重圧地帯 二時間後。 重力が狂う地帯に、戻ってきた。 体が、さらに重くなる。 行きは、ここを慎重に通過した。 帰りは—— 「……無理だな」 正直に認めた。 今の体力では、ゆっくり歩くことすら辛い。 座り込みそうになる。 「……だめだ」 軍隊長は、自分を叱咤した。 ここで止まったら、終わりだ。 モンスターに襲われる。 重圧に押しつぶされる。 「動け……動け……!」 一歩。 足が、前に出た。 また一歩。 「……動ける」 歯を食いしばって、進む。 一歩ずつ。 それだけでいい。 前に進み続ければ、いつか抜ける。 ◆噴気孔地帯 三時間後。 噴気孔地帯に、戻ってきた。 シュゥゥゥ…… 蒸気が、あちこちから噴き出している。 行きは、これを三十秒で突破した。 帰りは—— 「……無理だな」 また、同じ言葉が出た。 今の体力では、走れない。 蒸気を避けながら、ゆっくり進むしかない。 時間がかかる。 でも、仕方ない。 軍隊長は、慎重に足を進めた。 シュゥゥゥ!! すぐ横で、蒸気が噴き出す。 熱い風が、顔を打つ。 「っ……!」 反射的に、顔をそむける。 だが、止まらない。 次の安全地帯まで、あと五歩。 四歩。 三歩。 シュゥゥゥ!! また、蒸気。 今度は、足元から。 「くっ……!」 跳んだ。 だが、体力が足りない。 着地が、乱れる。 転んだ。 地面に、手をついた。 熱い。 岩が、熱を帯びている。 「……っ」 すぐに立ち上がる。 手のひらが、赤くなっている。 軽い火傷だ。 「……構わん」 進む。 もう少し。 もう少しで、抜ける。 五分後。 噴気孔地帯を、抜けた。 「……ふぅ」 軍隊長は、地面に座り込んだ。 体が、限界に近い。 でも、ここまで来た。 あとは——普通の道だ。 ◆最後の道 四時間後。 道が、緩やかになった。 岩が減り、草が増えてきた。 空気が、軽くなった。 重力が、正常に戻っている。 「……もうすぐだ」 遠くに、海が見えた。 港が、見える。 人の姿も、見える。 「……帰ってきた」 軍隊長は、足を止めた。 ボロボロだった。 鎧は傷つき、汚れている。 血が、乾いてこびりついている。 体は、傷だらけだ。 でも、立っている。 歩いている。 生きている。 「……帰ってきたぞ」 声に出して言った。 誰にも聞こえない。 でも、言葉にしたかった。 ◆出迎え 港が、近づいてくる。 誰かが、こちらに走ってきた。 「隊長!!」 副官の声だ。 「隊長!! お帰りなさい!!」 副官が、目の前に立った。 目が、赤い。 泣いていたのか。 「……ただいま」 軍隊長は、短く言った。 「お怪我は……!」 「大したことはない」 「でも、血が……!」 「傷薬を塗った。お前のおかげだ」 副官は、一瞬言葉を失った。 そして、涙を流した。 「……よかった……本当に……よかった……」 他の兵士たちも、駆けつけてきた。 「隊長!」 「お帰りなさい!」 「ご無事で……!」 口々に、声をかけてくる。 軍隊長は、彼らを見回した。 「全員、無事か」 「はい! 隊長がお留守の間、何も起こりませんでした!」 「そうか。よくやった」 軍隊長は、兵舎に向かって歩き出した。 「隊長、お体を休めてください!」 「まず、副官に報告をさせる」 「そんな……!」 「任務は、完了した。  第一地点に、アルダの印を刻んできた」 兵士たちが、どよめいた。 「第一地点に……!」 「さすが隊長……!」 軍隊長は、足を止めた。 振り返る。 「だが——その先には、まだ行けなかった」 声が、低くなった。 「俺は、まだ弱い。  もっと強くならなければ、その先には進めん」 兵士たちは、黙った。 「お前たちも同じだ。  今のままでは、この島では生き残れん。  俺と一緒に、強くなれ」 「「「はっ!!」」」 兵士たちの声が、響いた。 ◆パイルとナッド パイルとナッドは、少し離れた場所から見ていた。 「……帰ってきた」 パイルの声は、安堵していた。 「……うん」 ナッドも、小さく頷いた。 「ボロボロじゃん……」 「でも、生きてる」 「……ああ」 パイルは、軍隊長の姿を見ていた。 傷だらけ。 疲れ切っている。 でも、背筋は伸びている。 「……やっぱすげぇな、あの人」 「……うん」 「俺も、あんな風になりたい」 ナッドは、パイルを見た。 珍しく、素直な言葉だった。 「……なれるんじゃない」 「え?」 「練習すれば」 パイルは、少し笑った。 「お前に言われると、なんか照れるな」 「別に褒めてない」 「分かってるよ」 二人は、訓練場に向かった。 今日も、練習がある。 ◆グラニ グラニは、仕事中だった。 荷物を運んでいるとき、騒ぎが聞こえた。 「軍隊長が帰ってきたぞ!」 「本当か!?」 「ああ! 生きてる!」 グラニは、荷物を置いた。 走って、港に向かった。 軍隊長の姿が、見えた。 兵士たちに囲まれている。 傷だらけだった。 でも、立っている。 グラニは、安堵のため息をついた。 (……帰ってきた) グリーンが、横に来た。 「お〜、帰ってきたな〜」 「……うん」 「心配してたか〜?」 「……うん」 グリーンは、ニヤニヤしながら言った。 「素直だな〜。いいことだ〜」 グラニは、軍隊長を見ていた。 軍隊長が、こちらを見た。 目が合った。 軍隊長は、かすかに頷いた。 『俺は帰ってきた。次は、お前の番だ』 そう言っているように見えた。 グラニは、首を振った。 まだ、自分には無理だ。 あんな場所には、行けない。 でも—— (……いつかは) その思いは、確かにあった。 ◆本国への報告 夜。 軍隊長は、机に向かっていた。 ランプの灯りの下で、副官に報告を口述していた。 『双極島南部探索報告』 『探索日:第一日目  出発時刻:早朝(日の出前)  帰還時刻:翌日午後(約三十時間後)  到達地点:第一地点    戦闘回数:五回  倒したモンスター:トカゲ型十三匹、犬型二匹    負傷:腕に切り傷(軽傷)、手のひらに火傷(軽傷)    特記事項:  ・第一地点より先に、巨大な四足獣を確認  ・体高約三メートル、全身が鱗で覆われている  ・赤い目、知性を感じる  ・現時点の実力では、討伐は困難と判断』 軍隊長は、話を終えた。 報告は、これで完了だ。 帰還できなかったときのために、と思って書いた。 だが、今は——成功の報告として、本国に送れる。 「……第一地点か」 まだ、入り口に過ぎない。 この島の奥には、もっと強い敵がいる。 あの巨大な獣のような、化け物がいる。 今の自分では、勝てない。 「……だが」 軍隊長は、立ち上がった。 窓から、夜空を見た。 「いつか、必ず」 その言葉は、誓いだった。 ◆エピローグ その夜。 グラニは、家の裏庭にいた。 木の棒を持って、構えの練習をしている。 百回。 それが、軍隊長からもらった宿題だった。 一回、二回、三回…… 腕が、痛くなってきた。 でも、止めない。 軍隊長は、傷だらけで帰ってきた。 それでも、立っていた。 歩いていた。 自分も、同じように強くなりたい。 五十回……六十回…… 「……もっと」 七十回……八十回…… 「……強く」 九十回…… 「……なりたい」 百回。 終わった。 グラニは、空を見上げた。 星が、たくさん見えた。 「……いつか」 声に出して言った。 いつか、自分もあの道を歩きたい。 南へ行くか、北へ行くかは分からない。 でも、この島の奥へ、行ってみたい。 そのためには、もっと強くなる必要がある。 「……明日も、練習しよう」 グラニは、家に入った。 明日も、仕事がある。 そして——稽古がある。 軍隊長が帰ってきたのだから、また教えてもらえる。 少しだけ、楽しみだった。