「魔法の使者」 ◆ 新たな客 朝。 セントラル港。 「おい、見ろよ!」 港で働く男が、沖を指差した。 白い帆が、見えた。 だが——普通の船ではなかった。 白と金の船体。 帆には、緑と金の紋様が描かれている。 船首には、宝石のような水晶が輝いている。 「何だあれ……」 港の人々が、次々と集まってきた。 「見たことない船だ」 「アルダじゃないな。バルモラでもない」 「どこの国だ?」 船が、ゆっくりと近づいてくる。 朝日を受けて、船体が輝いていた。 「あれは——」 港の古株が、目を細めた。 「ファーニアの船だ」 「ファーニア!?」 「魔法の国……」 港がざわめいた。 ◆ 大魔法使いの降臨 船が、港に着いた。 タラップが降ろされる。 船から、二人の人影が降りてきた。 最初に降りてきたのは——若い男だった。 青いローブ。 眼鏡をかけている。 荷物を抱え、周囲を警戒するように見回す。 そして—— その後ろから、彼女が姿を現した。 港の空気が、変わった。 白を基調としたローブ。 金の刺繍が、朝日を受けて輝く。 緑のアクセントが、優雅さを添える。 長くウェーブがかった、深い茶色の髪。 穏やかで、知性を感じさせる瞳。 温かみのある、だが威厳のある微笑み。 そして——手には、金色の杖。 先端には、エメラルドグリーンに光るクリスタル。 「……」 港の人々が、息を呑んだ。 男も女も——その美しさに、見惚れていた。 「なんて……きれいな人だ」 誰かが、呟いた。 彼女は、ゆっくりと港を見回した。 そして——杖を、軽く振った。 ふわり、と。 空中に、花が咲いた。 光でできた花——緑と金の光が、花びらとなって舞い散る。 「わあっ!」 島の子供たちが、歓声を上げた。 「魔法だ! 魔法!」 「すげえ!」 大人たちも、驚嘆の声を上げる。 「これが……ファーニアの魔法か」 彼女は、微笑んだ。 「双極島へようこそ——と言いたいところですけど、私がお客様ですわね」 声も、美しかった。 落ち着いていて、知的で、だが温かみがある。 「私は——ファーニア王国から参りました」 彼女は、優雅に一礼した。 「どうぞ、『先生』とお呼びください」 ◆ 見惚れる者たち 港は、騒然としていた。 「ファーニアから客だ!」 「魔法使いだって!」 「あの美人、見たか!?」 港の反対側では—— アルダ軍の兵士たちも、騒いでいた。 「見たかよ、あの女」 「ファーニアの魔法使いだって」 「きれいだったな……」 パイルも—— じっと、先生を見つめていた。 「……」 ナッドが、横から言った。 「珍しいね。パイルが女の人を見てる」 「うるせえ」 パイルは、そっぽを向いた。 だが——耳が、少し赤かった。 ◆ 軍隊長との接触 騒ぎを聞きつけ、軍隊長が港にやってきた。 「何事だ」 「隊長! ファーニアから客が——」 軍隊長は、先生を見た。 先生も、軍隊長を見た。 二人の視線が、交差した。 「……」 「……」 先生が、歩み寄った。 「あなたが——アルダ軍の指揮官ですね」 「そうだ」 軍隊長は、警戒を隠さなかった。 「ファーニアが、何の用だ」 先生は、微笑んだ。 「お噂はかねがね。  アルダの英雄が、南の領域に挑戦されたと聞きました」 「……誰から聞いた」 「とある商人から」 先生は、くすりと笑った。 「陽気な方でしたわ。サングラスをかけて、ストライプのシャツを着て——」 軍隊長の目が、細くなった。 「……グリーンか」 「ええ。彼から、この島のことを聞いて——興味を持ちましたの」 先生は、杖を軽く回した。 「私は——北の領域に挑戦するために来ました」 「北の領域……魔神の領域か」 「はい。あの領域を制覇した者は、歴史に名を刻む——そう聞いております」 先生の目が、一瞬だけ鋭くなった。 「私の名を、世界に轟かせるためにも——ぴったりですわ」 軍隊長は、しばらく黙っていた。 そして——言った。 「……少し、話がある」 ◆ 密談 アルダ軍の戦艦。 その一室に、四人だけが集まっていた。 軍隊長、副官、先生、そして先生の助手。 部屋に入ると—— 助手が素早く動いた。 椅子を引き出し、丁寧に拭き清め、先生のために用意する。 「どうぞ、先生」 「ありがとう」 先生が、優雅に腰を下ろす。 助手は、その後ろに控えるように立った。 「お話とは?」 軍隊長は、しばらく黙っていた。 副官が、小声で言った。 「隊長……」 「分かっている」 軍隊長は、深く息を吐いた。 「……実は、問題が起きている」 「問題?」 「島の子供が——四人、誘拐された」 先生の表情が、変わった。 「誘拐……」 「バルモラの奴隷がやった。おそらく、バルモラの商人が裏で糸を引いている」 「なぜ——」 「分からん。身代金か、人身売買か——いずれにせよ、まだ見つかっていない」 軍隊長は、拳を握った。 「我々は——子供たちの居場所を探している。だが、まだ手がかりがない」 先生は、しばらく考えていた。 「……私の力で、お役に立てることがあるかもしれません」 「何?」 「探知魔法——対象の位置を特定する魔法です」 先生は、杖を見つめた。 「子供たちの持ち物や、住んでいた場所があれば——追跡できるかもしれません」 軍隊長は、黙った。 副官が、進言した。 「隊長。子供たちを救うことが、最優先です」 「……分かっている」 軍隊長は、先生を見た。 「ファーニアの力を借りることは——本国への報告が必要になる」 「構いませんわ」 先生は、微笑んだ。 「報告は、子供たちが無事になってからで結構です。  今は——一刻を争う状況でしょう?」 軍隊長は、しばらく先生を見つめていた。 そして—— 「……頼む」 頭を下げた。 「力を——貸してくれ」 先生は、杖を握った。 「ええ。喜んで」 そして——にっこりと微笑んだ。 「——貸し一つ、ですわね」 ◆ 作戦開始 夕暮れ。 アルダ軍の戦艦に、少人数が集まっていた。 軍隊長、副官、精鋭の兵士数名。 先生と、助手。 そして—— 「隊長!」 パイルが、部屋の入り口で声を上げた。 軍隊長が、眉をひそめた。 「……何だ」 パイルは、一歩踏み込んだ。 そして、片膝をついた。 「お願いがあります」 ナッドも、その隣で頭を下げた。 「自分たちも——連れていってください」 「何だと」 「自分たちなら——見つけられるかもしれません」 パイルは、床を見つめながら言った。 「奴隷たちの隠れ場所……自分たちには、経験があります」 ナッドも続けた。 「あの商人の奴隷たち——どこに隠れるか、想像がつきます」 軍隊長は、黙った。 副官が言った。 「隊長。斥候として——使えるかもしれません」 「……」 軍隊長は、パイルを見た。 パイルは、顔を上げた。 その目には——覚悟があった。 「自分たちは——こういうのは、慣れています」 しばらくの沈黙。 そして—— 「……いいだろう。  だが、危険な場所には入るな。偵察だけだ」 「ありがとうございます」 パイルは、深く頭を下げた。 ◆ 消えた二人 夜。 軍隊長が、作戦の説明を始めようとした——そのとき。 ふと、気づいた。 「……パイルとナッドはどこだ」 副官が、周囲を見回した。 「さっきまで、ここに——」 部屋の中を探す。 いない。 「あいつら……!」 軍隊長は、舌打ちした。 「勝手に動きやがった……!」 副官が、焦った声で言った。 「隊長、すぐに追いましょう。子供二人で——」 「分かっている!」 軍隊長が立ち上がろうとした—— そのとき。 「あら、大丈夫ですわよ」 先生の、のんびりとした声が響いた。 「……何?」 「あの子たち——追跡魔法をかけてありますの」 先生は、杖を軽く振った。 緑の光が、ふわりと浮かび上がる。 小さな光の点が、ゆっくりと動いているのが見えた。 「ほら。今、港の北の方を進んでいますわね」 「……追跡魔法だと」 「ええ。さっき、偵察を許可されたときに」 先生は、にっこり微笑んだ。 「念のため、ね」 軍隊長は、呆れたような顔をした。 「……いつの間に」 「魔法使いですもの」 先生は、くすくす笑った。 「ちゃんと見つけて教えてくれれば——それでいいんですけど」 「……」 軍隊長は、深く息を吐いた。 「あいつら……帰ってきたら説教だ」 「まあまあ。子供は元気が一番ですわ」 先生は、のんびりと言った。 ◆ 走る二人 その頃—— パイルとナッドは、夜の街を走っていた。 「待てって言われても、待てるかよ……」 パイルが、呟いた。 「俺たちなら——今夜中に見つけられる」 ナッドも、頷いた。 「あの子たち……怖い思いしてる。早く、助けないと」 二人は、音もなく闇の中を進む。 奴隷として培った技術——気配を消し、暗がりに溶け込む。 「こっちだ」 パイルが、小声で言った。 廃墟のような建物が、見えた。 かつては倉庫だったのだろう。 今は、使われていない。 だが——中から、微かな光が漏れていた。 「いる……」 ナッドが、呟いた。 「見張りが——三人。中に、もっといる」 パイルは、じっと建物を見つめた。 「……戻って、報告するか」 「うん。ここで暴れても——」 「ああ。あいつらを危険にさらす」 パイルは、歯を食いしばった。 「……悔しいけど、今は」 二人は、来た道を戻り始めた。 ◆ 続く アルダ軍の戦艦。 先生が、杖を見つめていた。 「あら——戻ってきますわね」 「見つけたのか」 「たぶん。動きが変わりました」 軍隊長は、立ち上がった。 「よし。迎えに——」 「待ちましょう」 先生が、手を上げた。 「あの子たち——自分の足で戻ってこさせた方がいいですわ」 「……なぜ」 「誇りを傷つけないため、ですわ」 先生は、微笑んだ。 「勝手に飛び出したけど——ちゃんと成果を持って帰ってくる。  それが、あの子たちの自信になりますから」 軍隊長は、しばらく先生を見つめていた。 そして—— 「……分かった」 椅子に座り直した。 「待つか」 「ええ。お茶でも淹れましょうか」 先生は、のほほんと言った。 「助手、お願い」 「はい、先生」 ——第16話 終わり——