「偵察」 ◆ 翌日 翌日の午後。 グラニは——港の受付で、ぼんやりしていた。 グリーンは——散歩に出かけている。 「暇だなぁ……」 船を眺めながら、呟いた。 その時—— 人影が近づいてきた。 青いローブ。 ファーニアの助手だった。 「こんにちは」 「あっ——こんにちは」 グラニは、慌てて立ち上がった。 「君は——先日、救出された少年だね」 「うん。グラニです」 「私はファーニアの助手。先生の秘書をしている」 助手は、丁寧に言った。 「少し——お願いがあるのだが」 「お願い?」 「ああ。北の領域——その入り口まで、案内をしてくれる者を探しているのだ」 「北……!?」 グラニは、目を見開いた。 北の領域。 魔神の住む場所。 島でも——最も危険な領域の一つ。 「入り口付近だけだ。危険な場所には入らない。ただ——道を知っている者に先導してほしい」 その時—— グリーンが戻ってきた。 「おや〜、お客さんかい〜?」 「ああ。北の領域の入り口まで、案内を頼みたいのだが」 グリーンは——グラニを見た。 にっと笑った。 「グラニ〜、ちょっと散歩してこいよ〜」 「えっ?」 「最近あっち側——近づいてないだろ〜? ちょっと見てきてくれよ〜」 「う、うん……」 グラニは、少し緊張した顔で—— 「いいよ! ちょっと行ってくるね!」 頷いた。 助手は、ほっとしたように言った。 「ありがとう。では——先生のもとに案内しよう」 ◆ 北への道 港から——北へ。 グラニが——先頭を歩いていた。 その後ろに—— 先生。 助手。 そして——魔法師団の魔法使いが一人、同行していた。 「この道を行けば——北の領域の入り口に着くよ」 グラニは、説明しながら歩いた。 「ふむ。君はよくこの辺りに来るのか?」 助手が尋ねた。 「うん。たまに——薬草を採りに行くことがあるから」 「薬草?」 「入り口の手前あたりに——珍しい草が生えてるんだ。ヒミコさんのポーション屋で買い取ってもらえるから」 「なるほど」 同行する魔法使いも——興味深そうに聞いていた。 「この島は——不思議な場所が多いな」 「そうかな? 僕にはこれが普通だけど」 グラニは、首をかしげた。 道中——様々な話で盛り上がった。 島の風景。 港の仕事。 魔法の国・ファーニアのこと。 グラニにとっては——大陸の話はどれも新鮮だった。 ◆ 魔神の領域入り口 やがて—— 景色が変わってきた。 木々が——少なくなる。 空気が——重くなる。 「ここが——北の領域の入り口だよ」 グラニは、足を止めた。 目の前には—— うっすらと紫がかった霧が、立ち込めていた。 奥からは——何か巨大なものが蠢く気配がする。 先生が——杖を握りしめた。 「……これは」 先生の目が——見開かれた。 「魔素濃度が——信じられないほど高いですわ……!」 助手も——驚いた顔をしていた。 「これほどとは……ファーニアの最深部でも——ここまでの密度はありません」 「え?」 グラニは、きょとんとした。 「このくらい——普通だよ?」 「……なんですって?」 先生が——グラニを凝視した。 「この島の子どもたちなら——大丈夫じゃないかな?」 グラニは、普通に言った。 「中のモンスターは倒せないけど——近くの薬草とかなら、取りに行くこともあるよ」 「……」 先生は——言葉を失った。 「あなた……!」 同行していた魔法使いは——完全に固まっていた。 顔が青ざめている。 「信じられない……これほどの魔素に——平然としているとは……」 魔法使いは——数歩後ろに下がった。 「私は——これ以上は無理だ。気分が悪くなってきた……」 ◆ 先生の興奮 先生と助手は—— 中から感じる魔素と魔力の強さを、しっかりと感じ取っていた。 「……すごい」 先生は——呟いた。 「この奥には——何がいるのかしら」 目を閉じて——感覚を研ぎ澄ませる。 遠くから——巨大な生物の気配。 古代の魔力。 そして——神に近い何かの存在。 先生は—— ゾクゾクする感覚が、止まらなかった。 「あぁ……!」 先生は——恍惚とした表情を浮かべた。 「早く——挑戦したいわ……!」 杖を握る手が——震えていた。 興奮で。 期待で。 「先生。今日は偵察だけです」 助手が、冷静に言った。 「準備を整えてから——挑戦しましょう」 「……分かっていますわ」 先生は——深呼吸した。 ◆ 異変 その時—— 空気が、変わった。 「……!」 先生が——ぴくりと反応した。 霧の奥から—— 何かが近づいてくる気配。 「先生……?」 助手が、緊張した声で言った。 「来ますわ」 先生は——杖を構えた。 「何かが——こちらに向かってきていますの」 「え……?」 グラニは、霧の奥を見つめた。 何も見えない。 だが—— 空気が震えていた。 「私の魔力に——反応したのかしら」 先生は、冷静に言った。 「こちらに強い力があると——察知したのでしょうね」 ◆ 奇声 ——ギィィィィッ!! 突然—— 甲高い奇声が、霧の奥から響いた。 「っ!?」 グラニは、思わず耳を塞いだ。 同行の魔法使いは—— 「ひっ……!」 完全に腰を抜かしていた。 霧が——揺れる。 何かが——猛スピードで、こちらに向かってきていた。 地面が——振動する。 「来ますわ——!」 先生が——杖を前に突き出した。 ◆ 襲来 霧を突き破って—— それは現れた。 巨大な獣。 体高は——2メートルを超える。 四本の足。 漆黒の毛皮。 血のように赤い目。 そして——鋭い牙と爪。 「……っ」 グラニは——息を呑んだ。 これが——魔神の領域のモンスター。 見たことはあった。 遠くから——姿を見たことは。 だが—— こんなに近くで見るのは——初めてだった。 「下がりなさい」 先生が——静かに言った。 「私が——相手をしますわ」 ◆ 対峙 獣は——先生を睨みつけた。 低いうなり声。 ——グルルルルル…… 先生は——一歩も引かなかった。 杖を構え——獣と正面から向き合う。 「あら……なかなかの気迫ですわね」 先生は——微笑んでいた。 まるで——楽しんでいるかのように。 「でも——私の相手は、まだ早いですわよ?」 獣の赤い目が——ぎらりと光った。 先生の魔力を——感じ取っている。 強い。 だから——殺す。 獣の本能が——そう告げていた。 ◆ 獣の突撃 ——ガァァァッ!! 獣が——咆哮した。 そして—— 地面を蹴って、先生に向かって突撃した。 凄まじいスピード。 黒い影が——宙を裂く。 巨大な爪が——振り下ろされる。 「危ない——!」 グラニが、叫んだ。 だが—— 先生の体が——ふわりと浮いた。 まるで——風に乗るように。 獣の爪が——空を切る。 「おっと」 先生は——空中で身をひねった。 軽やかに——獣の背後に降り立つ。 「速いですわね。でも——」 杖が——淡く光った。 「——それだけかしら?」 ◆ 反撃 ——ギャアアアッ!! 獣が——振り向きざまに、二撃目を放った。 今度は——牙。 巨大な顎が——先生に向かって襲いかかる。 先生は——杖を横に薙いだ。 金色の光が——弧を描く。 牙と光が——ぶつかった。 ——ガキィィィン!! 金属がぶつかるような——衝撃音。 獣の牙が——弾かれた。 「んっ……!」 先生の腕が——わずかに揺れた。 「まぁ……思ったより、力がありますわね」 だが——表情は、崩れなかった。 むしろ—— 目が——輝いていた。 「いいですわ。もう少し——遊んでみましょうか」 ◆ 乱戦 獣が——三度目の突進。 爪。 牙。 そして——尾。 すべてが——先生を狙って襲いかかる。 先生は——踊るように動いた。 一歩——横にずれて、爪をかわす。 半歩——後ろに下がって、牙を避ける。 そして——尾が振り下ろされる瞬間—— ひらりと——跳んだ。 尾が——地面を叩く。 土煙が——舞い上がる。 「あはっ……!」 先生は——笑っていた。 心の底から——楽しそうに。 「久しぶりですわ。こんなに動くのは」 杖を——くるりと回す。 「ファーニアにいると——こういう相手は、なかなかいませんもの」 獣は——怒りに震えていた。 攻撃が——当たらない。 この小さな人間に——まったく届かない。 ——グォォォォッ!! 咆哮。 獣の体から——赤い魔力が、噴き出した。 ◆ 魔力の激突 赤い光が——獣を包んだ。 体が——一回り大きくなる。 毛皮が——逆立つ。 目が——さらに赤く光る。 「おや」 先生は——目を見開いた。 「本気を出しますの?」 獣が——地面を蹴った。 ——ドンッ!! 衝撃波。 先程よりも——遥かに速い。 「——っ!」 先生は——杖を前に突き出した。 金色の盾が——展開される。 獣の爪と——盾が、ぶつかった。 ——ガァァァン!! 轟音。 周囲の木々が——揺れる。 先生の足が——地面を滑った。 「んんっ……!」 押されている。 だが—— 「あら……いいですわ」 先生は——笑った。 目が——爛々と輝いていた。 「もっと——もっと来なさい!」 杖が——眩しく輝いた。 ◆ 大魔法使いの本気 先生の体から——金色の魔力が溢れ出した。 空気が——震える。 グラニは——息を呑んだ。 (なんだ——これ……) 先生の周りに——光の粒子が舞っていた。 まるで——星のように。 「さて」 先生は——杖を天に掲げた。 「そろそろ——終わりにしましょうか」 杖の先から——金色の光が放たれた。 光は——無数の鎖となって、獣に向かっていく。 ◆ 拘束 ——ギィィィッ!? 獣は——避けようとした。 だが——鎖は、まるで意思を持っているかのように、獣を追いかけた。 一本。 二本。 三本—— 無数の鎖が——獣の体に巻きついていく。 四本の足が——縛られる。 首が——押さえつけられる。 尾が——地面に固定される。 ——ギャアアアアッ!! 獣が——絶叫した。 もがく。 暴れる。 赤い魔力を——さらに放出する。 鎖の一本が——ピキッと、ひびが入った。 「おや」 先生は——感心したように言った。 「この鎖を——破ろうとするなんて」 だが—— 杖を——軽く振った。 追加の鎖が——次々と獣に巻きついていく。 十本。 二十本。 三十本—— 「でも——無駄ですわ」 先生は——獣の目の前に、ゆっくりと歩み寄った。 「あなたでは——私には勝てませんの」 ◆ 沈静 獣は——まだ暴れていた。 だが——動きが、鈍くなっていく。 鎖が——どんどん増えていく。 先生は——獣の額に、そっと手を当てた。 「さぁ——おやすみなさい」 金色の光が——獣の体に染み込んでいく。 静かに。 穏やかに。 獣の赤い目が——ゆっくりと閉じていった。 暴れていた体が——力を失う。 そして—— 獣は——地面に崩れ落ちた。 静かな寝息だけが——聞こえていた。 ◆ 終結 「……終わりましたわ」 先生は——杖を下ろした。 息は——少し乱れていた。 だが——表情は、満足げだった。 「あぁ……楽しかったですわ」 先生は——倒れた獣を見下ろした。 「久しぶりに——本気を出せましたもの」 「せ、先生……!」 助手が、駆け寄ってきた。 「大丈夫ですか……!?」 「ええ。大丈夫ですわ」 先生は——微笑んだ。 「殺してはいませんわ。眠らせただけ」 「しばらくすれば——目を覚ますでしょう。その前に、帰りましょうか」 「は、はい……」 助手は——まだ震えていた。 同行の魔法使いは——完全に動けなくなっていた。 腰が抜けて——地面に座り込んでいる。 「大丈夫?」 グラニが、声をかけた。 「あ、ああ……すまない……」 魔法使いは——青い顔で言った。 「あんな戦いを——間近で見たのは、初めてだ……」 ◆ この目で見たもの グラニは——倒れた獣を見つめていた。 巨大な体。 鋭い爪。 恐ろしい——圧倒的な存在。 それが—— 一瞬で——倒された。 (……すごい) グラニは——先生を見た。 白いローブ。 金色の杖。 そして——穏やかな微笑み。 この人は——本当に強い。 軍隊長とは——また違う強さ。 魔法という——圧倒的な力。 (これが——大陸の魔法使い……) グラニの心に——何かが刻まれた。 強さへの——憧れ。 そして—— もっと知りたいという——渇望。 ◆ 帰り道 港への帰り道。 グラニは——先頭を歩いていた。 同行していた魔法使いは——まだ顔色が悪かった。 「大丈夫?」 「ああ……すまない。少し——当たってしまったようだ」 「当たった?」 「魔素酔いだ。濃度が高すぎると——体調を崩すことがある」 「へぇ……」 グラニは、首をかしげた。 自分は何ともないのに。 そう思ったが—— 言わなかった。 先生が——グラニの隣に並んだ。 「少年」 「は、はい」 「さっきの——怖かった?」 グラニは——正直に答えた。 「……うん。すごく怖かった」 「そう」 先生は——微笑んだ。 「でも——逃げなかったわね」 「え?」 「足が震えていたのに——最後まで、そこに立っていたわ」 グラニは——自分の足を見た。 確かに——まだ少し、震えていた。 「それは——勇気ですわ」 先生は——言った。 「才能より——大切なものよ」 ◆ グラニの体質 「それに——」 先生は、続けた。 「あなた——本当に面白い体質をしているわ」 「体質?」 「さっきの魔素濃度——普通の人間なら、立っているだけで気分が悪くなるはずですわ」 先生は——グラニを見つめた。 「でも——あなたは平然としていた」 「この島の子どもは——みんなそうだよ?」 「いいえ」 先生は——首を振った。 「あなたは——特別ですわ」 グラニは——何のことか分からなかった。 「またお話しましょう」 先生は——意味深に微笑んだ。 グラニは——その言葉の意味を、理解できなかった。 だが—— 先生の笑顔は——なぜか印象に残った。 ◆ 港に戻って 夕暮れ。 グラニたちは、港に戻ってきた。 「ありがとう。助かったわ」 先生が言った。 「報酬は——後で受付に届けさせますわ」 「えっ、いいの?」 「当然よ。仕事をしてもらったのだから」 先生は、優雅に微笑んだ。 「それに——今日は、面白いものも見られましたし」 グラニは——よく分からなかったが—— 「ありがとうございます」 頭を下げた。 先生たちは——ファーニアの船に戻っていった。 ◆ グリーンとの会話 グラニは——受付に戻った。 グリーンが、椅子に座っていた。 「おかえり〜。どうだった?」 「うん……なんか、不思議な感じだった」 グラニは、首をかしげながら言った。 「先生たち——北の入り口で、すごくびっくりしてた」 「ほぉ〜」 「それで——モンスターが出てきて——」 「おっと」 グリーンが、目を見開いた。 「モンスターが出たのか〜?」 「うん。すごく大きい獣だった」 グラニは、興奮気味に言った。 「でも——先生が一瞬で倒しちゃったんだ! すごかった!」 「へぇ〜」 グリーンは——にやりと笑った。 「魔法使いってのは——やっぱりすげぇなぁ〜」 「うん! 鎖みたいのが出てきて——獣が全然動けなくなって——」 グラニは——身振り手振りで説明した。 その目は——輝いていた。 ◆ グリーンの観察 グリーンは——グラニの様子を見ていた。 (この子は——本当に面白いねぇ) 心の中で——呟いた。 (魔素濃度があれだけ高い場所で——平気な顔してるってのは) (やっぱり——この島の子は特別だ) (でも——その中でも、グラニは——) グリーンは——サングラスの奥で、目を細めた。 (——何か、持ってるかもしれないねぇ) ◆ 家路 「まぁ、お疲れさん〜。今日はもう上がっていいよ〜」 「うん。ありがとう、グリーンさん」 グラニは——家に帰っていった。 今日見たもの。 巨大な獣。 先生の魔法。 そして——「あなたは特別」という言葉。 (俺が——特別……?) よく分からなかった。 でも—— 何かが——心の奥で動いていた。 (強くなりたい) その思いが——また少し、大きくなった気がした。 ◆ 夕暮れの港 グリーンは——一人で港を眺めていた。 夕日が——海に沈んでいく。 ファーニアの船。 北の領域。 そして——グラニの体質。 「……面白くなってきたねぇ〜」 グリーンは——にっと、笑った。 (この島は——また賑やかになりそうだ) (ファーニアの魔法使い) (アルダの軍隊長) (そして——各大陸から来る挑戦者たち) (グラニが——どう成長するか) (楽しみだねぇ〜) 夜が——静かに訪れていた。 ——第20話 終わり——