「追跡」 ◆ 出発の朝 翌朝。 港は——静かだった。 軍隊長が、船を降りてくる。 フル装備。 黒鉄と深紅の鎧。 腰には、いつもの長剣。 グラニは、港の受付から見ていた。 「……今日、行くんだ」 グリーンが、横で呟いた。 「また一人でか〜。無茶するなぁ〜」 軍隊長は、副官と何か話している。 短いやり取り。 副官が頭を下げる。 そして——軍隊長が歩き出した。 南へ。 一人で。 ◆ 見送り グラニは、受付を飛び出した。 「軍隊長!」 軍隊長が、足を止めた。 振り返る。 「……また行くんですか」 「ああ」 短い返事。 「前に——第一地点に印を刻んだ。今回はその先を目指す」 「その先……」 「目標は——南部中間地点」 グラニは、息を呑んだ。 誰も到達したことのない場所。 「死ぬな」 軍隊長が——言った。 「は……?」 「お前には言っておく。死ぬな。生き延びろ。何があっても」 グラニは、何のことか分からなかった。 「俺のことは気にするな。お前は自分の仕事をしろ」 「……はい」 軍隊長は——かすかに頷いた。 そして、また歩き出した。 その背中が——どんどん小さくなっていく。 グラニは——ずっと見ていた。 ◆ パイルとナッド 受付に戻ると—— パイルとナッドがいた。 二人とも、軍隊長の背中を見つめている。 「……行ったな」 パイルが、低い声で言った。 「また一人で」 ナッドが、冷たく言った。 「俺たちは——置いていかれた」 パイルは、悔しそうに言った。 「今回は大丈夫だ。前より道も分かってるし」 グラニが、声をかけた。 「……そうだな」 パイルは、納得していないような顔だった。 ナッドは——何も言わなかった。 ただ、南の方を見ていた。 ◆ 数時間後——不穏な動き 昼を過ぎた頃。 グラニは、港で荷物を運んでいた。 その時—— バルモラの商船が、動き始めた。 「……?」 グラニは、手を止めた。 船から——人影が降りてくる。 一人。 二人。 三人—— 違う。 もっと多い。 十人。 二十人。 武装奴隷たち。 全員が——重装備だった。 鎧。剣。槍。 そして——あの目。 死んだような目。 でも——今日は違った。 殺気を纏っていた。 ◆ 大商人の言葉 商船の甲板から——大商人が姿を見せた。 「行ってこい」 低い声。 「結果を持ち帰れ」 武装奴隷たちが——頭を下げた。 そして——南へ向かって歩き出した。 軍隊長と——同じ方向へ。 グラニは——血の気が引いた。 (後を……追ってる……?) ◆ 先生の視線 その様子を—— ファーニアの船上から——見ている者がいた。 先生。 白いローブが、風に揺れている。 「あらまぁ」 楽しそうな声。 助手が、慌てて駆け寄ってきた。 「先生……あれは……」 「見えていますわ。バルモラの武装奴隷」 先生は——杖をくるくると回した。 「後追い、ですわね」 「軍隊長を——狙っているのでしょうか」 「さあ。でも——」 先生は——笑った。 「面白いことになりそうですわ」 助手は——何も言えなかった。 ◆ 子どもたちの不安 グラニは——走り出した。 「グリーンさん!」 受付に飛び込む。 「バルモラの奴らが——南に向かった!」 「見えてるよ〜」 グリーンは、いつもの調子だった。 「軍隊長の後を追ってるみたいに見える」 「そうだねぇ〜」 「……止めないの!?」 「俺には権限がないんだよなぁ〜」 グリーンは、肩をすくめた。 「島の中で何をしようと、それは自由だ〜。正式な挑戦者として申請してるしな〜」 「でも——!」 「分かってるよ〜。気持ちは」 グリーンの目が——一瞬だけ、鋭くなった。 でも、すぐにいつもの調子に戻った。 「まあ〜、心配しすぎだって〜。軍隊長はあいつら程度に負けないさ〜」 ◆ パイルとナッドの反応 パイルとナッドも——バルモラの動きを見ていた。 「……あいつら」 パイルの声が、震えていた。 「軍隊長を——後ろから……」 ナッドは——顔色が悪かった。 「最悪のパターン」 「何を考えてるんだ、あいつら!」 「分かってるでしょ」 ナッドが、冷たく言った。 「邪魔者を——消したいんだよ」 パイルは——拳を握りしめた。 「くそっ……!」 「パイル——」 「分かってる! でも——!」 パイルは、歯を食いしばった。 何もできない。 自分たちには——何もできない。 その事実が——悔しくてたまらなかった。 ◆ 新たな船団 その時—— 港に、新たな船が入ってきた。 「おや〜!」 グリーンが、声を上げた。 「お客さんが来たぞ〜!」 見たことのない——船だった。 青と白の帆。 船体には——見慣れない紋様。 「ステリアの船だ〜!」 グリーンが、嬉しそうに言った。 そして——さらに後ろから、もう一隻。 赤と黒の帆。 船体が——炎のような模様で覆われている。 「イグナの船も来た〜! おいおい、今日は忙しくなるぞ〜!」 グリーンは——受付に飛んでいった。 「グラニ〜! 手伝ってくれよ〜!」 「え……でも……」 「仕事だよ〜、仕事! 新しいお客さんの対応だ〜!」 港が——一気に騒がしくなった。 あちこちで声が飛び交う。 船員たちが降りてくる。 挑戦者たちが——姿を見せ始める。 ◆ 忙殺 グラニは——仕事に追われた。 「こっちに荷物を!」 「水はどこで補給できる!?」 「宿の案内を頼む!」 次々と声がかかる。 グラニは——必死に対応した。 でも——心はここにない。 (軍隊長……) (バルモラの奴らが——後を追ってる……) (知らせなきゃ……) そう思っても——体が動かなかった。 仕事が——次から次へと降りかかってくる。 ◆ 午後——決断 夕方が近づいてきた頃。 やっと——仕事が一段落した。 グラニは——港の端で、ぼんやりとしていた。 南を見る。 何も見えない。 ただ——道が、続いている。 (軍隊長は——今、どこにいるんだろう) (バルモラの奴らは——追いついたのか……) (もし——後ろから襲われたら——) グラニの胸が——ぎゅっと締めつけられた。 (知らせなきゃ) その思いが——どんどん強くなる。 (誰かに頼もうにも——大人たちは忙しい) (グリーンさんは「権限がない」って言ってた) (先生は——なんか楽しそうに見てるだけ) (誰も——動いてくれない) グラニは——立ち上がった。 (ボクが——行くしかない) ◆ 荷物をまとめる グラニは——受付の裏に走った。 荷物をかき集める。 水筒。 干し肉。 ナイフ。 ロープ。 手当たり次第——袋に詰め込む。 (何が必要か分からない——でも、とにかく持っていく) グリーンは——新しい船の対応で忙しそうだった。 今なら——気づかれずに抜け出せる。 グラニは——袋を背負った。 (行くぞ) そして——南へ向かって走り出した。 ◆ 南の入り口 息を切らせながら—— グラニは——南の入り口にたどり着いた。 緑の丘が終わり、道が険しくなり始める場所。 ここから先が——危険地帯。 グラニは——一度、立ち止まった。 (本当に——行くのか……?) 足が——震えている。 前に来た時とは違う。 あの時は——軍隊の護衛があった。 今は——一人だ。 (でも——) グラニは——拳を握りしめた。 (軍隊長が——危ない) その時—— 「……何やってんの」 声がした。 ◆ 再会 振り返ると—— そこに——パイルとナッドがいた。 二人とも——荷物を背負っている。 剣も——持っていた。 「お前ら——」 「逆に聞くよ」 ナッドが、冷たく言った。 「こんなところで何してるの」 「ボクは——軍隊長に知らせに——」 「同じこと考えてたってわけ」 パイルが——にやりと笑った。 「お前も行くのか」 「……うん」 グラニは——頷いた。 パイルとナッドは——顔を見合わせた。 「……バカだね」 ナッドが、呟いた。 「お前に言われたくねぇよ」 パイルが、返した。 ◆ 三人の決意 「じゃあ——行くぞ」 パイルが、言った。 「待って。三人で行くの?」 グラニが、確認した。 「当たり前だろ」 パイルは——前を向いた。 「軍隊長に知らせる。バルモラの奴らが後を追ってるって」 「見つけたら——すぐに戻る」 ナッドが、付け加えた。 「無理はしない。分かった?」 「……分かった」 グラニは——頷いた。 三人は——南の入り口に立った。 前には——険しい道が続いている。 岩だらけの地面。 遠くに——噴煙が見える。 「……行くぞ」 パイルが——一歩を踏み出した。 ナッドが——続く。 グラニも——歩き出した。 三人の——追跡が始まった。 ——第21話 終わり——