「因縁」 ◆ 二日目の朝 港町は——昨日に増して騒がしかった。 グラニは——また受付で働いていた。 「まだ船が来るの……?」 水平線の向こうから——また船が見えた。 今度の船は——一際大きかった。 白と金の帆。 ファーニアの旗。 そして——その横には、もう一隻。 黒と紫の帆。 不気味な紋章が刻まれている。 「あれは……何の船?」 「イグナの魔神派だな〜」 グリーンが——横から答えた。 「武神派に遅れて、やっと来たってわけだ〜」 「魔神派……」 グラニは——その名前を思い出した。 イグナ大陸の二大勢力。 武神派と——魔神派。 「仲が悪いんだよね?」 「まあね〜。でも、ここは双極島だ〜」 グリーンは——にやりと笑った。 「喧嘩したけりゃ、領域でやってもらうさ〜」 ◆ ファーニアの重鎮 港に——大きな船が着いた。 白いローブを纏った一団が——降りてくる。 その先頭には—— 「久しぶりですね、双極島」 白い髭を蓄えた老人が立っていた。 威厳のある顔つき。 だが——どこか傲慢な空気も漂う。 「レクト・マーシン様だ……!」 「ファーニア王国の高官!」 「魔導学院の最高顧問……!」 周囲の魔法使いたちが——ざわめいた。 レクトは——港を見渡した。 「随分と賑わっているようだ」 「はい。世界中から挑戦者が集まっております」 助手が答えた。 「ふむ。面白い」 レクトは——杖をつきながら歩き出した。 「さて——あの男は、もう来ているかな」 ◆ 魔神派の到着 同じ頃——もう一隻の船からも、一団が降りてきた。 黒いローブ。 紫の紋章。 そして——異様な空気。 「ここが双極島か」 先頭に立つ男が——呟いた。 歳は六十を超えているだろう。 だが——その目には、恐ろしい光が宿っている。 「ゼロス・ヴォイド様……」 後ろの若者たちが——畏怖の目で見ている。 「武神派の連中は、もう来ているようだな」 「はい。ボルガ・フレイム他、数名が……」 「ふん。せっかちな連中だ」 ゼロスは——不敵に笑った。 「まあいい。我らは我らのやり方で——この島を楽しむとしよう」 ◆ 学院生グループ ファーニアの船から——若者たちも降りてきた。 「わあ! ここが双極島!?」 赤い髪の少女が——目を輝かせた。 「リーシア、はしゃぎすぎだ」 眼鏡をかけた青年が——たしなめる。 「でもマルク! すごいよ! こんなに人がいっぱい!」 「確かに……想像以上だな」 大柄な青年——トールが、周囲を見渡した。 「あ、あそこにイグナの人たちがいる……」 小柄な少女——ニナが、怯えたように指さした。 赤い肌の巨漢たち。 武神派の戦士たちだ。 「怖がることはないよ、ニナ」 リーシアが——ニナの手を握った。 「私たちは挑戦しに来たんだから! 負けないよ!」 「う、うん……」 四人は——港町へと歩き出した。 ◆ 偶然の再会 街の中央広場—— レクトは——ゆっくりと歩いていた。 周囲の人々が——道を開ける。 ファーニアの高官。 その威厳に——誰もが畏れを抱く。 「この島も、随分と変わったものだ」 レクトは——周囲を見渡しながら呟いた。 その時—— 「——久しぶりだな、レクト」 声が——聞こえた。 レクトは——足を止めた。 ゆっくりと——振り返る。 そこには—— 片腕の老戦士が立っていた。 白髪。 傷だらけの顔。 そして——鋭い目。 「……ゴルド・ルーン」 レクトの目が——細くなった。 「まだ生きていたのか」 「お前こそな」 ゴルドは——にやりと笑った。 「まだ偉そうにふんぞり返ってるのか」 「ふん。相変わらず礼儀を知らん男だ」 二人の間に——緊張が走った。 ◆ 因縁 「五十年前——」 レクトが、口を開いた。 「南の領域で、お前が余計なことをしたおかげで——」 「余計なことだと?」 ゴルドが——眼を細めた。 「お前の魔法が不意に放たれたから、獲物が逃げたんだろうが。こっちは追い詰めてたんだぞ」 「何を言う。お前の闘気が爆発したから、私の術式が乱れたのだ」 「は? 逆だろうが」 二人は——睨み合った。 「あの時の獲物——あれを仕留めていれば、南の最深部に到達できたかもしれんのだ」 レクトの杖が——光り始めた。 魔力が——溢れ出す。 「五十年……この落とし前をつけてやる」 「……そりゃ、こっちのセリフだ」 ゴルドの体から——闘気が噴き出した。 残った片腕に——力が漲る。 広場の空気が——重くなった。 ◆ 圧力 周囲の人々が——異変に気づいた。 「な、なんだ……この圧力……!」 「息が……できない……!」 挑戦者たちが——膝をつく。 「ひぃっ……!」 弱い者は——その場に倒れた。 レクトの魔力。 ゴルドの闘気。 二つの力が——ぶつかり合っている。 「うぐっ……!」 学院生のトールでさえ——立っているのがやっとだった。 「これが……古豪の力……!」 リーシアが——震える声で言った。 広場の石畳が——ひび割れ始めた。 空気が——震えている。 「やめろ……! 街が壊れる……!」 誰かが叫んだ。 だが——二人の耳には届かない。 ◆ 仲裁 その時—— 「おーい」 のんびりとした声が——聞こえた。 「落ち着いて〜、落ち着いて〜」 グリーンが——二人の間に歩いてきた。 普通に。 何事もないように。 「ケンカはよくないぞ〜」 「……っ!」 周囲の人々が——驚愕した。 あの圧力の中を——平然と歩いている。 「なんだ……あの男……!」 「怖くないのか……!?」 グリーンは——にこにこと笑いながら、二人の前に立った。 「せっかくのお祭りなんだから〜、仲良くしようよ〜」 レクトは——グリーンを睨んだ。 「……グリーン。邪魔をするな」 「邪魔じゃないよ〜。仲裁だよ〜」 グリーンは——肩をすくめた。 「せっかく来てもらったのに、街を壊されたら困るんだよね〜」 ゴルドも——グリーンを見た。 「……お前か。相変わらず飄々としてやがる」 「伝説さんにそう言われると照れるな〜」 グリーンは——にこにこと笑っている。 二人の古豪の圧力を受けて——平然と。 「ほら、落ち着いて落ち着いて〜」 グリーンは——二人の間に手を広げた。 「ここでやり合っても、誰も得しないだろ〜?」 「……」 「……」 二人は——沈黙した。 グリーンの言葉には——妙な説得力があった。 そして——何より。 この男の底が——見えないことを、二人とも知っている。 ◆ 提案 「それより〜」 グリーンは——ぽんと手を叩いた。 「いいことを思いついたんだけど〜」 「何だ」 レクトが——不機嫌そうに聞いた。 「武闘祭をやろうよ〜」 「武闘祭……?」 「そう〜。挑戦者同士で戦う、お祭りさ〜」 グリーンは——楽しそうに説明した。 「保護結界を張るから、死人は出ない〜」 「細かいルールは明日発表するとして〜、腕試しにちょうどいいだろ〜?」 ゴルドは——考え込んだ。 「……面白そうだな」 「でしょ〜?」 グリーンは——レクトを見た。 「あなたもどう〜? 魔法の力を見せつけるいい機会だよ〜」 レクトは——しばらく沈黙した。 そして—— 「……いいだろう」 杖の光が——消えた。 「貴様との決着は、その場でつける」 「上等だ」 ゴルドの闘気も——収まった。 広場の緊張が——ようやく解けた。 「はぁ……」 周囲の人々が——安堵のため息をついた。 グリーンは——にっこりと笑った。 「よーし、決まりだ〜! 明日から闘武祭、開催〜!」 ◆ 広がる噂 グリーンの提案は——瞬く間に島中に広まった。 「武闘祭だって!?」 「挑戦者同士で戦うのか!」 「保護結界があるから、死なないらしい!」 「俺も参加したい!」 港町は——さらに沸き立った。 酒場では——すでに賭けが始まっている。 「ゴルド・ルーンが優勝だ! 間違いない!」 「いや、イグナの武神派だろ!」 「魔神派のゼロスも来てるぞ!」 「レクト・マーシンの魔法を見てみたい!」 ドロップライトのエマは——大忙しだった。 「はいはい、賭けは受け付けるよ! ただし金は先払い!」 ◆ 軍隊長の窓から ヒミコの店—— 軍隊長は——窓から広場の方を見ていた。 「……何か騒ぎがあったようだな」 「報告します!」 アルダ兵の一人が——駆け込んできた。 「広場でゴルド・ルーンとレクト・マーシンが対峙しました!」 「グリーン殿が仲裁に入り、武闘祭を開くことになったとのことです!」 「武闘祭……か」 軍隊長は——兵を下がらせた。 一人になると——考え込んだ。 「ゴルド・ルーン。伝説の帰還者」 「レクト・マーシン。ファーニアの高官」 「どちらも——俺より格上の存在だ」 軍隊長は——自分の傷を見た。 まだ——完治していない。 「……焦りは禁物だ」 自分に言い聞かせるように——呟いた。 ◆ ナッドの訓練 アルダ船の近く——港の外れの砂浜。 アルダ兵たちが——訓練を続けていた。 「一! 二! 一! 二!」 素振りの音が——響く。 ナッドも——一緒に訓練していた。 「……」 黙々と剣を振る。 あの日——南の領域で見たもの。 巨大な双子の獣。 軍隊長の重傷。 そして——自分たちの無力さ。 (強くならなければ) ナッドは——そう思いながら、剣を振り続けた。 ◆ パイルの焦り 店の中—— パイルは——ベッドの上で、外の音を聞いていた。 「武闘祭……」 悔しそうに——拳を握った。 「俺も出たいのに……」 傷は——まだ痛む。 立ち上がるのも——やっとだ。 「無理するな」 ヒミコが——薬を持ってきた。 「お前の傷は深い。最低でもあと一週間は安静だ」 「……分かってる」 パイルは——薬を飲んだ。 「でも——悔しいんだよ」 「気持ちは分かる。だが——」 ヒミコは——厳しい目で言った。 「ここで無理をしたら、一生戦えなくなるぞ」 「……」 パイルは——黙って横になった。 ◆ グラニと軍隊長 夕方—— グラニは——ヒミコの店を訪ねた。 「軍隊長さん、調子はどうですか?」 「……まあまあだ」 軍隊長は——窓際に座っていた。 外では——まだ祭りの準備が進んでいる。 「武闘祭、楽しみですね。ボク、見学するんです」 「見学か」 軍隊長は——グラニを見た。 「強い人たちの戦い、見たことあるか」 「えっと……軍隊長さんたちが南の領域に行った時の、出発の時くらいしか……」 「そうか」 軍隊長は——小さく頷いた。 「明日は——本物の戦いが見られる。よく見ておけ」 「はい!」 グラニは——嬉しそうに答えた。 軍隊長は——何かを考えるように、窓の外を見た。 「俺も……見学することになりそうだな」 「え?」 「この傷では——戦えん」 軍隊長は——自嘲気味に笑った。 「情けない話だ」 「そんなことないです!」 グラニは——力強く言った。 「軍隊長さんは、あの怪物と戦ったんですから!」 「……」 軍隊長は——グラニを見た。 「お前は……いい奴だな」 「え?」 「何でもない」 軍隊長は——また窓の外を見た。 「明日からの祭——しっかり見ておけ」 「はい!」 ◆ 夜の港町 夜が来た。 港町は——明かりで溢れていた。 あちこちで——宴会が開かれている。 「明日の祭に乾杯!」 「俺たちが優勝だ!」 「負けないぞ!」 挑戦者たちの声が——夜空に響く。 グラニは——港の端に座っていた。 今日、聞いた噂。 ゴルドとレクトという——二人の古豪が対峙したらしい。 街が壊れそうなほどの力だったと。 (見てみたかったな……) でも——明日からの祭りが楽しみだった。 「グラニ〜」 グリーンが——隣に座った。 「明日から忙しくなるぞ〜」 「うん。楽しみ」 「いい返事だ〜」 グリーンは——夜空を見上げた。 「この島は——いろんな奴らが集まる」 「因縁のある者同士も、いる」 「でもな〜」 グリーンは——にっと笑った。 「そういうのも含めて——島の魅力なんだよ〜」 「……そうなんだ」 グラニは——頷いた。 明日から——闘武祭が始まる。 どんな戦いが見られるのか。 誰が優勝するのか。 そして——自分は、何を学べるのか。 胸が——高鳴っていた。 ◆ 闘武祭前夜 島中が——期待に満ちていた。 挑戦者たちは——明日に備えて眠りについた。 職人たちは——夜通しで武器の準備をしていた。 グリーンは——闘技場の設営を指揮していた。 そして—— レクトとゴルドは——それぞれの宿で、静かに夜を過ごしていた。 五十年の因縁——逃がした獲物をめぐる意地の張り合い。 明日——決着がつくかもしれない。 双極島の夜は——静かに更けていった。