「神の遊戯」 ◆ 竜の眼 空が——暗くなっていた。 いや、暗くなったのではない。 二体の竜が——空を覆っていた。 巨大な翼。 禍々しい鱗。 そして——全てを見下ろす、赤い瞳。 「あ……あ……」 グラニは——声が出なかった。 竜が——こちらを見ている。 いや、見ているのかどうかすら分からない。 ただ——存在しているだけで—— 「息が……できない……」 チーが——膝を抱えていた。 顔は真っ青で——震えが止まらない。 「なんだよ、あれ……なんなんだよ……」 フェズも——動けなかった。 普段は冷静な観察眼を持つ彼も——今は恐怖で固まっている。 観客席は——混乱していた。 ◆ 島民たちの反応 「竜だ……! 竜が出た……!」 「逃げろ! 逃げなきゃ……!」 「でも……動けない……!」 島民たちは——恐怖と好奇心の間で揺れていた。 この島で生まれ育った者たちは——怪物には慣れている。 だが——あれは違う。 あれは——島のどんな獣よりも—— 「端にはあんなものがいるのか!?」 「竜ってやつなのか? 鳥? なんだあれ?」 「竜……伝説とかそんな話だろ、実在していたのか……」 老人たちは——伝承を思い出していた。 老人たちでさえ——親から聞いた昔ばなしを、さらに親から聞いた話として記憶している。 魔神と武神が乗っていたと言われる——使いの竜。 だが——そんなものは、遠い遠い昔の——おとぎ話だったはずだ。 ◆ 冒険者たちの恐怖 「う……うわああああ……!」 大陸から来た冒険者たちは——純粋に恐怖していた。 「なんだよあれ……! 聞いてねえぞ……!」 「逃げろ……! 死ぬ……!」 だが——足が動かない。 竜の威圧が——体を縛っている。 「くそ……! くそ……!」 歴戦の冒険者たちでさえ——涙を流していた。 あれは——自分たちが戦っていい存在ではない。 あれは——災害だ。 天災だ。 いや——神そのものだ。 ◆ 来賓席 来賓席では——強者たちが言葉を失っていた。 アルダの軍隊長は——口が開いたままだった。 「……っ」 言葉が出ない。 声が出ない。 あれが何なのか——理解できない。 (俺は……南の領域を目指していた……) (あの巨大な四足獣を相手に……命がけで戦った……) (だが……あれは……) 軍隊長の手が——震えていた。 (あれの前では……俺たちは……何なんだ……) ◆ 先生の動揺 解説席の先生も——表情が変わっていた。 普段の余裕は——どこにもなかった。 「……っ」 杖を握る手が——白くなっている。 「先生……あれは……」 ヘイタが——震える声で聞いた。 「……分からない」 先生は——正直に答えた。 「私の知識にも——あんな存在は載っていませんわ……」 ファーニアの魔導学院。 世界最高峰の知識の殿堂。 その知識を持つ先生でさえ——理解できない存在。 「ただ……一つだけ言えることがありますわ」 先生は——竜を見上げた。 「あれは——敵意を持っていない」 「持っていたら——私たちはもう死んでいます」 ◆ 大商人の興奮 闘技場の外—— 港町の高台から——バルモラの大商人が、空を見上げていた。 「おお……おおおお……!」 彼は——興奮していた。 「素晴らしい……! なんと素晴らしい……!」 従者が——震えながら言った。 「だ、大商人様……あれは……危険では……」 「危険? 何を言っている」 大商人は——目を輝かせた。 「あれは——商品だ」 「しょ、商品……!?」 「考えてみろ。あれを所有すれば——世界を支配できる」 大商人は——舌なめずりをした。 「どうすれば手に入るかな……」 「いくらで買えるかな……」 「誰に交渉すればいいかな……」 従者は——恐怖で顔が青かった。 だが大商人は——欲望で顔が赤かった。 ◆ 闘技場の中央 闘技場の中央では——六人が対峙していた。 ボルガ・フレイム。 ゴルド・ルーン。 ゼロス・ヴォイド。 対するは—— 全盛期のゴルド。 そして——謎の二体。 空の竜など——彼らには関係なかった。 「……面白い」 ボルガが——笑っていた。 赤い瞳が——燃えている。 「あの竜より——目の前のこいつらの方が興味深い」 「同感だ」 ゼロスも——静かに頷いた。 「あれほどの存在を——呼び出せる術があるとは」 「だが——今は目の前に集中する」 ゴルドは——銀色の大剣を構えていた。 その視線は——全盛期の自分に向いている。 「……俺の全盛期か」 片腕の老戦士が——呟いた。 「超えてやる」 ◆ グラニの葛藤 観客席—— グラニは——どうすればいいか分からなかった。 竜が怖い。 あの圧倒的な存在が——目の前にいる。 だが——試合も気になる。 あの強者たちが——どんな戦いをするのか。 「グラニ……」 チーが——グラニの袖を掴んでいた。 「わたくし……怖いですわ……」 「……僕も」 グラニは——正直に答えた。 「でも……」 グラニは——闘技場を見た。 「見なきゃいけない気がするんだ……」 「あの人たちが——どう戦うのか……」 「どう立ち向かうのか……」 フェズも——顔を上げた。 「……そうだな」 震える声だったが——目は前を向いていた。 「こんな機会——二度とないかもしれない」 三人は——互いの手を握った。 恐怖で震えながら——それでも、目を逸らさなかった。 ◆ 試合開始 「試合——開始〜!」 グリーンの声が——響いた。 内心の不安を——押し隠して。 ◆ 激突 「おおおおおお!!」 ボルガが——最初に動いた。 謎の二体に向かって——突進する。 両手に装着した『業火の拳甲』が——赤く燃え上がる。 「俺は——こいつらを相手にする!」 ボルガは——笑っていた。 「全盛期のゴルドより——こいつらの方が面白そうだ!」 同時に—— 現在のゴルドとゼロスが——全盛期のゴルドに向かった。 「——行くぞ!」 「ああ!」 現在のゴルドが——巨大な双刃剣『破砕の双刃』を振り抜いた。 片腕で振るう——重量級の大剣。 刃が二つに分かれた——異形の武器だ。 全盛期のゴルドは——細身の刀を構えていた。 現在のゴルドが——その刀を見た瞬間。 「——っ!」 動きが——止まった。 「……その刀……」 現在のゴルドの目が——見開かれた。 「『断絶ノ太刀』……俺の……愛刀……!」 それは——かつて彼が南の領域で手に入れた刀だった。 片腕を失う前——彼が最も信頼していた武器。 「ああ。これがあったから——俺は中間地点まで行けた」 全盛期のゴルドが——刀を構え直した。 「懐かしいか?」 「……っ」 現在のゴルドは——歯を食いしばった。 「……返してもらうぞ」 ◆ ゼロスの攻撃 「——『爆砕』!」 ゼロスが——魔法を放った。 黒い杖『終焉の杖』から——圧縮された魔力の塊が放たれる。 純粋な破壊力——触れたものを粉砕する魔法。 全盛期のゴルドに向かって——直撃する。 だが—— 『断絶ノ太刀』が——一閃。 魔力の塊が——真っ二つに斬り裂かれた。 「チッ……」 ゼロスが——舌打ちした。 「貴様の魔法は——愛刀の前に無意味だ」 全盛期のゴルドが——静かに言った。 ◆ ボルガの挑戦 一方——ボルガは、謎の二体の前に立っていた。 禍々しい杖を持つ者。 禍々しい大剣を持つ者。 二体は——ボルガを見ていた。 だが——動かない。 「……来ないのか」 ボルガは——拳を構えた。 「なら——俺から行く!」 『業火の拳甲』が——爆発的な炎を纏う。 「——『炎獄拳』!」 ボルガの拳が——杖を持つ者に向かって放たれた。 炎が——轟音と共に突き進む。 だが—— 杖を持つ者は——杖を軽く振っただけだった。 炎が——跳ね返された。 「なっ——!」 ボルガは——咄嗟に横へ跳んだ。 自分の炎が——爆発する。 「跳ね返しやがったか……!」 ボルガは——笑った。 「面白い……!」 今度は——大剣を持つ者に向かった。 「——『業火連撃』!」 連続で放たれる——炎の拳。 大剣を持つ者は——大剣を一振りした。 全ての炎が——斬り裂かれた。 「斬りやがった……!」 だが——ボルガは止まらない。 「いいぞ……! いいぞ……!」 ボルガは——両者の間を飛び回った。 杖を持つ者に——攻撃。 大剣を持つ者に——攻撃。 交互に——攻撃を繰り出す。 「二人とも——やり方が違うな!」 ボルガは——完全に楽しんでいた。 「杖の方は——跳ね返す!」 「剣の方は——斬り裂く!」 「どっちも——最高だ!」 二体は——相変わらず無表情だった。 だが——ボルガの攻撃を、確実に防いでいる。 反撃は——しない。 まるで——子供の遊びに付き合う大人のように。 「くそっ……! 全然手応えがねえ……!」 ボルガは——歯を食いしばった。 だが——その顔は笑っていた。 「だが——これほどの相手は初めてだ……!」 ◆ 苦戦 全盛期のゴルドとの戦いは——厳しいものだった。 現在のゴルドとゼロス——二人がかりで攻撃しても—— なかなか通用しない。 「くそ……!」 現在のゴルドの攻撃が——弾かれる。 「やはり——『断絶ノ太刀』は厄介だ……!」 ゼロスの魔法も——次々と斬り裂かれる。 「お前たちの攻撃は——読める」 全盛期のゴルドが——冷たく言った。 「若さと力があっても——経験が足りない」 「……全盛期のお前は、こんなに強かったのか」 ゼロスが——現在のゴルドに問いかけた。 「……いや」 現在のゴルドは——苦笑した。 「こんな昔の俺は弱かったかと——傲りを反省していたところだ」 だが——現在のゴルドは、別のことも考えていた。 (あいつは——俺だ) (俺の癖を——知っている) (だが——あいつは「今」の俺の癖を知らない) ◆ 経験の差 現在のゴルドが——ゼロスを見た。 ゼロスも——現在のゴルドを見た。 言葉は——いらなかった。 二人が——同時に動いた。 現在のゴルドが——『破砕の双刃』を振り上げる。 全盛期のゴルドが——それを迎え撃とうとする。 だが—— 「——今だ」 現在のゴルドが——わずかに攻撃の軌道を変えた。 全盛期の自分なら——絶対にしなかった動き。 「なっ——!」 全盛期のゴルドが——一瞬、戸惑った。 その隙に—— ゼロスの杖から——魔力が放たれた。 全盛期のゴルドの足元が——砕けた。 「ぐっ……!」 体勢が——崩れる。 「——もらった!」 現在のゴルドの『破砕の双刃』が——全盛期のゴルドの刀を弾き飛ばした。 『断絶ノ太刀』が——宙を舞う。 「……っ」 全盛期のゴルドは——武器を失った。 「……終わりだ」 現在のゴルドが——両断した。 「俺は——確かに老いた」 「片腕を失い——体も衰えた」 「だが——経験だけは、お前より上だ」 全盛期のゴルドは——静かに笑った。 「……見事だ」 そして——光の粒子となって、消えていった。 ◆ グラニたちの反応 「勝った……!」 グラニが——叫んだ。 「ゴルドさんとゼロスさんが——勝ったんだ……!」 「すごい……! 全盛期の自分に勝つなんて……!」 フェズも——興奮していた。 チーは——口元を両手で抑えていた。 「あ、あの……おじいさんの方が勝ったということは……」 「おじいさんの方が強いということですの……?」 観客席も——沸き立っていた。 「ゴルドが勝った……!」 「全盛期の自分を——倒したぞ……!」 ◆ 参戦 だが——試合は終わっていなかった。 現在のゴルドは——落ちた『断絶ノ太刀』を拾い上げた。 久しぶりに——愛刀を手にする感覚。 「……やはり、これが一番しっくりくる」 そして——謎の二体の方を見た。 ボルガが——まだ一人で戦っている。 何度攻撃しても——跳ね返されるか、斬り裂かれている。 「——行くぞ、ゼロス」 「ああ」 二人は——ボルガの元へ飛び込んだ。 「——遅いぞ!」 ボルガが——笑った。 「いい相手だ! 二人とも——楽しめるぞ!」 「楽しむ余裕があるのか……」 現在のゴルドが——『断絶ノ太刀』を構えた。 「だが——三人なら、何か変わるかもしれない」 ◆ 三対二——激戦 三人が——二体を挟み込むように、位置を取った。 「行くぞ——!」 ボルガが——杖を持つ者に向かった。 『業火の拳甲』が——赤く燃え上がる。 同時に—— ゴルドが——大剣を持つ者に斬りかかった。 『断絶ノ太刀』が——一閃する。 大剣を持つ者は——大剣で受け止めた。 金属音が——闘技場に響く。 「受け止められている……! だが——」 ゴルドは——目を見開いた。 「確かに——手応えがある……!」 杖を持つ者も——ボルガの攻撃を杖で弾いていた。 「ゼロス!」 「分かっている!」 ゼロスが——両者の間に魔法を放った。 複数の魔力弾が——二体を襲う。 大剣を持つ者は——剣を振り、魔力弾を斬り裂いた。 杖を持つ者は——杖を一振りして、魔力弾を跳ね返した。 ボルガの炎は——跳ね返される。 ゴルドの刃は——大剣で受け止められる。 ゼロスの魔法は——二体に届く前に消される。 だが——三人は止まらなかった。 「——もっとだ!」 ボルガが——叫んだ。 三人が——さらに激しく攻撃を繰り出した。 二体は——それぞれの攻撃を、武器で弾き返していた。 激しい攻防—— 閃光と炎と衝撃が——闘技場を揺らす。 「おおおおおお!!」 「はあああああ!!」 激しい攻撃で——畳みかける。 三人は——全力で攻撃を続けた。 だが—— 二体は——傷一つ負っていなかった。 全ての攻撃を——防いでいる。 その時—— 二体が——初めて動きを止めた。 まるで——一息つくかのように。 静かな間が——流れた。 そして——二体は、目の前の三人から目をそらした。 闘技場を見渡す。 観客席を見渡す。 そして—— 二体の視線が——グリーンで止まった。 ◆ 声 禍々しい杖を持つ者が——口を開いた。 「グリーン」 静かな声だった。 大きくはない。 普通の会話程度の声量—— 試合現場の近くにいる者だけに——聞こえた。 ボルガ、ゴルド、ゼロス——そしてグリーン。 観客席には——届いていない。 「この低レベルな連中はなんだ?」 三人が——動きを止めた。 「な……」 「低レベル……だと……?」 禍々しい大剣を持つ者も——口を開いた。 「グリーン」 同じように——静かな声で。 「お前は遊ばないのか?」 試合現場が——静まり返った。 その場にいる者たちだけが——凍りついた。 観客席からは——何が起きたのか、分からなかった。 ボルガ、ゴルド、ゼロス——三人も、グリーンを見た。 (こいつら……グリーンを知っているのか……?) (俺たちを——低レベルだと……?) 三人の視線には——疑問と、わずかな怒りが混じっていた。 グリーンは——答えた。 「あっはっは〜、俺は審判だからね〜」 笑顔で——軽い口調で。 だが——声が少し震えていた。 「いま遊んでるのは〜、この人たちだから〜」 二体は——グリーンを見た。 無表情で。 感情の読めない瞳で。 「……そうか」 杖を持つ者が——呟いた。 「つまらんな」 大剣を持つ者も——呟いた。 「弱い」 その言葉は——試合現場の数人にだけ聞こえた。 ボルガ・フレイム。 ゴルド・ルーン。 ゼロス・ヴォイド。 大陸最強クラスの三人が——「弱い」と言われた。 「……」 「……」 「……」 三人は——何も言えなかった。 怒りよりも——驚きよりも—— ただ——理解できなかった。 あの存在が——何者なのか。 グリーンは——笑顔を保ったまま——考えていた。 (やっぱり……やべえかな〜……) ◆ 空の竜 空では——二体の竜が、変わらず会場を見下ろしていた。 赤い瞳が——全てを見ている。 グラニは——その瞳と目が合った気がした。 「……っ」 心臓が——止まりそうになった。 だが——竜は何もしなかった。 ただ——見ているだけ。 (なんなんだ……あれは……) (何をしたいんだ……?) グラニは——答えを持っていなかった。 チーもフェズも——黙っていた。 言葉にできないものが——目の前にあった。 ◆ 沈黙の現場 闘技場の中央は——静まり返っていた。 試合は——止まっていた。 ボルガ、ゴルド、ゼロス——三人は、謎の二体を見ていた。 謎の二体も——黙って立っていた。 観客席は——何が起きたのか分からず、ざわめいていた。 「なんで止まったんだよ……!」 「続きは……!?」 だが——グリーンだけが、マイクを握ったまま、固まっていた。 (どうする……どうする……) (このまま続けていいのか……?) (それとも……止めるべきか……?) グリーンは——判断できなかった。 久しぶりに——彼は、迷っていた。 ——次回へ続く