# 第13章 開戦前夜 --- ## 繊維の世界 暗闘の中に、世界があった。無数の繊維が絡み合い、複雑な迷路を形作っている。 靴下という名の大陸。ここは——菌たちの楽園だった。 --- ## ゲンキ 「おい、起きろ!」 繊維の奥から、一匹の菌がもぞもぞと顔を出した。黄色みがかった丸い体。名はゲンキ。 「なんだよ……まだ眠いって……」 「のんきなこと言ってる場合か!」 声の主はムレ蔵。湿った繊維に5時間も住み着いた古株だ。 「妙な気配がする」 「気配ぃ? おっさん、また始まったよ」 --- ## ニオイ姫 繊維の向こうから、やたら甲高い声が響いてきた。 「あら、騒がしいわね。何かあったの?」 下着の奥から現れたのはニオイ姫。自分を特別だと思っている(誰も認めてない)。 「ムレ蔵のおっさんがまた騒いでんだよ」 「まあ、下着の私たちと違って、靴下の方々は品がないのね」 「品って何だよ! 匂いは同じだろ!」 「私の匂いは上品なの。熟成三日目よ?」 「熟成って言い方やめろ!」 ムレ蔵は繊維を這い上がり、高いところから世界を見渡した。 「……来るぞ」 「えー、また予言?」 「予言じゃねえ! 今感じてんだ!」 --- ## モラクセラ 遠くから、やたら渋い声が響いた。 「おい、聞こえたか」 タオルの奥深くから現れたのはモラクセラ。生乾き臭の王を自称している(今朝から)。 「この振動……嫌な予感がする」 「王様も予感派?」 「俺は経験で語っている」 「経験って、いつからここにいるの?」 「昨日からだ」 「昨日!? それで経験語るの!?」 --- ## 振動 世界が——揺れた。 「うわっ!」 繊維が激しく波打つ。 「な、何だこれ!?」 「言っただろ! 来るって!」 --- ## 大腸菌太郎 繊維の最深部から、しわがれた声が聞こえた。 「……来るぞ」 ゲンキは振り向いた。 「え、誰?」 「大腸菌太郎じゃ。12時間も生きておる」 「じいさん!? いつからいたの!?」 「ずっとおったわ。見えんかったか?」 「気配消しすぎだって!」 「この振動……本当の地獄は、これからじゃ」 「怖いこと言うなよ!!」 --- ## 謎の液体 その時——空から、何かが降ってきた。ドロドロした、青い液体。 「なんだこれ……」 「なんか……良い匂い……」 「良い匂い!? それ俺たちにとって最悪じゃん!!」 強烈な香りが繊維に広がる。爽やかで、刺激的で、鼻の奥がツンとする。 「うっ……なんだこの匂い!!」 ムレ蔵が叫んだ。 「毒だ! あれは毒だ!!」 液体に触れた菌が、悲鳴を上げた。 「ぎゃああ! 溶けるぅぅ!!」 「逃げろ! 繊維の奥に逃げろ!!」 --- ## 追い打ち さらに——別の液体が降ってきた。今度はピンク色で、もっと強烈な香り。 「また来た!!」 「今度は何!?」 「フレッシュすぎる!! 俺たちの匂いが……!!」 「匂いこそが俺らのアイデンティティなのに!!」 「哲学やってる場合か!!」 --- ## 大洪水 そして——水が来た。どこからともなく溢れ出す、巨大な濁流。 「うわあああ!!」 「何これ!? 世界の終わり!?」 「知るか! とにかく逃げろ!!」 洗剤を溶かした水が、世界を呑み込んでいく。シトラスの香りが充満し、呼吸するだけで体が焼けるようだった。 「持ちこたえろ! 繊維にしがみつけ!!」 「しがみついてるって!!」 「湿度こそが命だと思ってたけど、水多すぎだろ!!」 「しかもいい匂いすぎる!! 俺たちの存在意義が消えていく!!」 ゲンキは繊維にしがみつきながら叫んだ。 だがその声も——水の轟音にかき消されていった。 --- **(第14章へつづく)**