# 第14章 洗いの嵐 --- ## 反転する世界 世界が回り始めた。激しい右回転。遠心力が菌たちを繊維の奥へと押し付ける。 「うわあああ! これ、さっきより速くない!?」 「ジェットコースターかよ!!」 「ジェットコースターって何!?」 「知らん! なんか速いやつ!!」 --- ## 衝撃の急停止 その時——世界が、ガクン、と急停止した。 「ぶふぇっ!?」 止まるはずの体が、そのまま前へ放り出される。そして、間髪入れずに。 「ぎゃああああ!? 今度は逆だ!!」 猛烈な左回転が始まった。右に、左に。急停止しては、また回る。 「なんで止まってから逆に回るの!? 意味分かんない!!」 「俺に聞くな!!」 --- ## アセ太郎の最期 ゲンキは必死に、引きちぎれそうな繊維にしがみついていた。 隣では、アセ太郎が泡を吹きながら叫んでいる。 「おい、ゲンキ! 俺、もう……目が回って……!」 「お前、ずっと回ってるんだから当たり前だろ!」 「世界が回ってるのか俺が回ってるのか分からなくなってきた!」 「両方だよ!!」 「哲学的!!」 「哲学じゃねえ!!」 その瞬間、再びの急停止。アセ太郎の指先が、繊維から滑り落ちた。 「あ——」 逆方向への強烈な水流が、彼の体を奪い去る。 「アセ太郎ォォォ!!」 「さらばだ、ゲンキ! 俺の分まで……いい匂いのまま生き……ろ……」 「もう俺たち全員シトラス臭いって!!」 彼は真っ白な泡の向こうへ消えていった。 --- ## 香りと殺菌の波 13章で降り注いだ「青い液体」が、激しくかき混ぜられることによって真っ白な泡に変わる。 「なんだこれ、モコモコしてて前が見えない!!」 「雲の中にいるみたいだ……」 「雲って何!?」 「知らん! なんかモコモコしたやつ!!」 モラクセラが警告を発した。 「香りに毒が混ざってる! この匂い、俺たちにとって致命的だ!!」 「爽やかすぎる!! 爽やかすぎて死ぬ!!」 --- ## ニオイ姫の絶叫 泡の山から、ニオイ姫の声が響いた。 「いやあああ! 私の『熟成三日目の香り』が!!」 「姫! 大丈夫か!?」 「大丈夫なわけないでしょ! シトラスが私のオリジナリティを塗りつぶしていくわ!!」 「上書きされてる!!」 「三日かけて育てたのよ!?」 「三日って短いだろ!!」 「菌にとっては一生よ!!」 「確かに!!」 彼女の声は、モコモコの泡の中に溶けて消えた。 --- ## 王国の防衛戦 タオルの奥深く、モラクセラは自らの領土を守っていた。 「くっ……このままでは俺の縄張りが全滅する!」 「王様! どうすればいい!?」 「繊維を盾にしろ! 水分を吸いすぎるな! シトラスを吸い込むな!!」 「無茶言うなよ! 俺たち、湿度で生きてんだぞ!!」 「湿度と毒水は違う! 今の水は敵だと思え!!」 「水が敵って……俺たちのアイデンティティ崩壊してない!?」 「生き残ってから悩め!!」 --- ## 停止 一分、二分……地獄のような反転運動が、ついに止まった。 「……はぁ、はぁ……」 「止まった……のか?」 ゲンキは繊維にべったりと張り付いていた。 「ムレ蔵……おっさん……生きてるか?」 「……ああ。なんとかな」 ムレ蔵が、沈黙の世界を見渡した。 「仲間が……半分以上消えたぞ」 アセ太郎も、ニオイ姫も、そして名もなき多くの菌たちも。彼らは「汚れ」として、繊維から排除されていた。 --- ## 古老の言葉 大腸菌太郎が、繊維の影から顔を出した。 「まだじゃ。まだ本当の悲劇は始まっておらん」 「じいさん!? 生きてたの?」 「わしはしぶといぞ」 「すげえな……どうやって生き残ったの?」 「繊維の奥の奥に潜った」 「そんな場所あったの!?」 「12時間探索した成果じゃ」 「……次は俺も教えてくれよ」 「考えておく」 ゲンキは、びしょ濡れの繊維の上で、天を仰いだ。 「……これで終わりだよな?」 大腸菌太郎は答えなかった。 --- **(第15章へつづく)**