# 第15章 すすぎの絶望 --- ## 嵐の後 世界が静まり返った。泡が消え、水が引き、繊維だけが残された。 「……終わった……のか……」 ゲンキは繊維にへばりついたまま、息を吐いた。体中がシトラスの匂いに染まっている。 「おい……誰かいるか……」 ムレ蔵の声が、どこか遠くから聞こえた。 「おっさん! 生きてたのか!」 「ああ……なんとかな……」 「無事っていうか……シトラス臭い」 「全員シトラス臭いわ」 --- ## 生存者 繊維の奥から、モラクセラが這い出てきた。 「……俺の縄張りは守った」 「王様! 生きてた!」 見回すと、仲間の姿がほとんど見えない。アセ太郎も、ニオイ姫も、いない。 「……どこに行ったんだ、みんな」 「流されたんじゃ」 大腸菌太郎が、繊維の影から姿を見せた。 「じいさん! いつの間に!」 「ずっとおったわ」 --- ## 束の間の勝利 四匹は、繊維の上で寄り添った。 「俺たちだけか……」 「そうみたいじゃな」 暗い世界。閉ざされた空間。でも、さっきまでの地獄に比べれば、天国だ。 「……俺たち、生き残ったんだな」 「ああ」 ムレ蔵が笑った。 「勝ったんだろ。こうして生きてるんだから」 モラクセラが胸を張った。 「俺たちは勝者だ。この試練を乗り越えた」 「王様がかっこいいこと言ってる……」 四匹は——歓喜に沸いていた。 --- ## 異変 その時——世界が、動いた。 「え?」 水が——ものすごい勢いで吸い込まれていく。 「うわっ!」 「なんだこれ!?」 「水が……下に……!」 まるで世界の底が抜けたかのように。残っていた水分が、一気に消えていく。 「やばい! 引っ張られる!!」 「しがみつけ!!」 --- ## 清めの水 そして——新しい水が来た。上から、透明な水が注ぎ込まれてくる。 「また!? 終わったんじゃなかったのかよ!!」 「でも……さっきの匂いがしない……?」 「毒じゃない……?」 大腸菌太郎が言った。 「……毒を洗い流すための水、か」 「洗い流すって……俺たちも流されるじゃん!!」 「そういうことじゃな」 「他人事みたいに言うなよ!」 水が世界を満たしていく。透明で、冷たくて、容赦がない。 --- ## 清めの試練 水流が繊維を揺らす。仲間たちが——また流されていく。 「おい! お前!!」 「……すまん、ゲンキ……」 彼は水に流されていった。 水が引いた。「終わった……か……?」 その時——また新しい水が来た。 「まだあるのかよ!!」 「何回やるつもりだ!!」 今度はさらに冷たい。 「寒い!!」 「なんで今度は冷たいの!?」 一匹、また一匹と、繊維から手を離していく。彼らは水と一緒に、排水口の方へと消えていった。 --- ## 終息 水が——引いていった。今度こそ、本当に。世界は静まり返った。 ゲンキは周りを見回した。自分と、ムレ蔵と、モラクセラと、大腸菌太郎。たった四匹。 「……これだけか」 「これだけじゃ」 「さっきまで……もっといたのに……」 「水に連れて行かれた」 --- ## 古老の言葉 大腸菌太郎が、遠くを見つめた。 「……よく持ちこたえた。誇りに思う」 「じいさんがそう言うなら……嬉しいよ」 老人は目を閉じた。 「じゃが……油断するな」 「え? もう終わったんじゃないの?」 「分からん。わしにも」 「じいさんでも分からないの!?」 「ああ。こんな経験は初めてじゃからな」 「怖いこと言うなよ……」 大腸菌太郎は——静かに、繊維の奥へと消えていった。 --- ## 不安 ゲンキは、繊維を見下ろした。かつての楽園。俺たちの故郷。 「……次、何が来るか分からないのか」 ムレ蔵が言った。 「でも、来るかどうかも分からないんだろ?」 「そうだといいな……」 モラクセラが言った。 「とにかく、今は休め」 「王様が真面目なこと言ってる……」 「たまには言う」 四匹は——静寂の中で、息を潜めていた。 --- **(第16章へつづく)**