# 第1章 退屈と創造 --- 星々の光が床にこぼれる、ひどく広い間に、偉大な父はだらりと腰をおろしていた。 玉座の肘掛けに頬を乗せ、片手で宙をひとなでする。なでるたび、小さな銀河が「わあ」とはしゃいで生まれ、次の瞬間には霧のように散って消えた。 「……うむ。飽いたな」 父は二度目に言った。 一度目は、誰もが聞き違いかと思ったのだ。四人の子どもたちは顔を見合わせる。 「飽いた!」 父は三度目に言い、今度は玉座の上で器用に寝返りまで打った。 「わたしが創った世界は、繁栄しては争い、争っては繁栄し、同じ歌を繰り返す。もう十分だ。もっと、こう……ほら、楽しいやつがしたい!」 末子が指を挙げた。「"楽しいやつ"とは、具体的に?」 「遊ぶ!」 父は胸を張った。子どものような笑みが浮かんでいる。 「わたしは遊ぶ。だがひとりで遊ぶのは飽きた。だから、おまえたちにやらせてみようと、そう考えた。おまえたちが世界を創り、わたしがそこへ潜り込む。どうだ、最高に楽しい!」 長男が喉を鳴らした。 「父上。つまり……我らが創造した世界で、父上はひとりの住人として過ごされる、と?」 「そうだとも!」 父はうなずき、さらに楽しそうに続ける。 「記憶も消し、姿も変える。わたしはただの誰かになって、その世界を生きる。退屈になったら終わり。いや、終わりに至ったら戻ってくる。うむ、戻って感想戦だ。勝手に"反省会"と呼んでもよい」 「父上、これは後継のための試験でもあるのですか?」 次男が身を乗り出す。目がきらきらしている。楽しい匂いがすればいつだってこうだ。 「試験?」 父は首をひねり、天井の星座をひとつ入れ替えてから笑った。 「違う違う。ただの遊びだ。だが、まあ……遊びの結果、何かが決まるかもしれない。そういうこともある」 「結局、試験では」と長女が小声でつぶやく。 「ぜんぜん違う。遊びだ」と父はさらに楽しそうに言い張った。 --- ## 盟約(カヴナント) 四人の子は、それぞれのやり方で黙考する。 長男は父の横顔を静かに見つめていた。 次男はもう半分立ち上がりかけている。目がきらきらしている。 長女は両手を組み、静かに息を整える。 末子は父の笑いの陰を、面白そうに観察していた。 「では――」 長男が一歩前に出た。 「創造の前に、いくつか決め事が必要かと存じます」 「おお、来た。会議だ。会議は嫌いではない」 父は玉座の背後からどこからともなく板と白墨を取り出した。表に大きく『遊び方(案)』と書く。斜めに、少し可愛い字で。 「第一に」と長男。「世界には**終わり**が必要です。終わりに至るときは、その地の者へ予告する。突然の断絶は、秩序ではありません」 「よし、書いた。『終わりは知らせよ』。いいね、ドラマの予告編は大事だ」 「第二に」と長女。「**永遠の命はない**ことを、世界の理に含めましょう。生も死も、循環の一部です」 「うむ、永遠は、つまらん。書いた」 「第三に」と次男が割り込む。「父上は**類まれなる運命**を持つ。どの世界でも、どこかしら歴史の曲がり角に関わってしまう。わざとじゃない、でも絡んじゃう。これ、絶対面白い」 「ふふん、それはもう、だいたいそうなる。書いておこう。『わたしはだいたい面白いところにいる』」 「第四に」と長男。「**創造主は直接手を出さない**。いったん世界を流し始めたら、我らは観察者。干渉の対価は重い」 「サイコロは、振ってから眺めるものだ」 「第五に」と長女。「**与えれば、代価も生まれる**。何かを増やせば、何かは減る。世界に"重さ"を」 「うむ、世界は天秤だ」 「それと」と末子が静かに手を挙げる。「父がその世界で死ぬか、運命を終えたなら、必ずここへ戻る。戻って一局ごとの**感想戦**をする」 「それは大事だ」 父は満面の笑みで丸をつける。丸が三つ重なり、なぜか小さな太陽になり、部屋をひとめぐりしてまた黒板に戻った。 「よし、**盟約**と呼ぼう。かっこいい」 次男がにやりとする。「盟約に**罰ゲーム**は?」 「罰ゲーム?」父が目を輝かせる。 「たとえば、ルール破ったら一回休みとか」 「それは面白いな。だが一回休みの間にわたしが別の世界に行っていたら、悔しいだろう?」 「う……確かに」 長女は軽く咳払いをして、話を戻す。 「順番はどうしましょう。誰から始めるか、順番に"一局ずつ"とするのが良いと思います」 「順番……」 長男は息を整える。 「私が、最初を務めたい」 父は少しだけ目を細めた。 「任せる。おまえはいつも最初の一歩を丁寧に置く」 「ぼくは二番手!」と次男が手を挙げる。 「三番手は私が」と長女が穏やかに続く。 末子は肩をすくめて笑った。「じゃあ最後」 「よろしい、順番決定!」 父は白墨で星形の印を四つ、順に打った。黒板の上には合言葉が書き足される。 **「わたしは紛れる。おまえたちは見守る。終われば話す。」** 四人の子が頷く。それは違う方向から同じ中心に集まる四本の風のようだった。 --- ## 創造の詩(うた) 父はタキシード姿で胸を張り、黒光りする靴先までピカピカに磨いていた。 その姿は神々しいというより舞踏会に臨む紳士のようで、子どもたちは思わず目を丸くする。 「さあ、長男! 準備はいいか!」 父はウキウキとバラを胸元で揺らしながら言う。 長男は真剣な表情でうなずいた。 「ええ。では……始めます」 彼は一歩前に出て、両手を広げ、詠唱を始めた。 --- **「黎明のひかりよ やさしく舞いおりて 静寂の海に 芽吹きの鼓動を響かせよ 蒼き空よ 星を抱きしめ 遥かな未来を 清らかに奏でよ 揺らめく幻想は 街となり ひとつの秩序を やわらかに描く ──その名は、創造の詩(うた) Reiage(レイアージュ)!」** --- 詠唱が終わると同時に、父の間全体が轟音に包まれた。 光の奔流が爆ぜるように溢れ出し、四方八方へ飛び散っていく。床が震え、光が積み木のように組み上がり、瞬く間に巨大な都市の姿を形作った。 高層ビル群が天へと伸び、街路は網の目のように走り、光の列車が空を走る。遠くには巨大な橋が一瞬の稲妻のように架かり、その向こうにもう一つの街の影が浮かぶ。 群衆がざわめき、車のクラクションが鳴り、AIの案内音声がこだまする。 文明の鼓動そのものが、鮮烈に立ち上がった。 「おおおっ! 出た! 派手派手だ!」 父は身を乗り出して手を叩き、少年のような笑顔を浮かべる。 次男も「これは予想外にド迫力だな!」と叫び、長女は思わず手を合わせて「美しい……」と呟いた。末子は静かに笑みを浮かべ、都市の細部を観察していた。 --- ## 都市の呼吸 街はすぐに生を得て、呼吸を始めた。 雑踏の音、建設現場の鉄骨を打ち込む音、子どもの笑い声。 世界はもう「見物」ではなく、現実として動いている。 秋の冷たい風が路地を吹き抜け、落ち葉が舞った。 雑貨屋の前に、一人の労働者が立ち、缶コーヒーを買う。 プルタブを引き、ひと口すすってぼやいた。 「……今日も作るか」 遠くには、まだ鉄骨むき出しの巨大な橋が見える。霧の中にぼんやりと浮かび上がるその姿は、都市の未来を象徴するかのようだった。 「この橋、出来たら……どうなるんだろうな」 腕のAI端末が即座に答える。 「完成予定、三百四十二日後。物流効率は十七パーセント向上、経済指数は──」 「うるせぇよ」 男は舌打ちし、残りを一気に飲み干す。 空き缶を無造作にゴミ箱へ投げ入れると、橋の方角へ歩き出した。 路地はもうすでに目覚め、人々が行き交い始めていた。雑貨屋の軒先には新聞を手に取る官僚の姿、パンを買いに来る移民の子どもの姿、落ち葉を掃く学生の姿が重なる。 世界は確かに動き始めていた。 そしてどこかに、父が紛れ込んでいる。 誰とも知れない誰かとして。 --- **(第2章へつづく)**