# 第3章 鉄と数字 --- ## 建設現場の朝 朝日が巨大な橋の建設現場を照らし始めた。 鉄骨が空に伸び、クレーンが唸り、溶接の火花が散る。 金属の森だ。 労働者はヘルメットをかぶり直し、缶コーヒーの余韻を胸に作業列に加わった。 「おい、今日もかよ……」 横の同僚があくび混じりにぼやく。 「昨日なんて夜まで付き合わされたんだぜ」 「まあな。でも六割だ、折り返しは見えてきた」 現場用AIが優しく割り込んだ。 「お声がけ:作業員7番さん、ヘルメットの固定が少し緩んでいます。大事な頭、一緒に守りましょう」 「またかよ……昨日も言われたんだが」 「回答:毎日見守っています。安全第一、今日も無事に帰りましょうね」 「……理屈っぽいな、お前」 仲間が笑いながら肩を叩く。 「お前、毎日AIにデートの誘いを断られてるみたいだな」 「うるせぇ」 頭上でクレーンが鉄骨を吊り上げる。 風が強く吹き、遠くで鉄骨が鳴った。 その響きは、どこか楽器のようでもあった。 --- ## ガラスの箱 同じ頃、都市開発局。 会議室は冷たく光るガラスと金属で作られた箱のようだった。 窓の外には建設中の橋が遠くに見える。 だが、机に並ぶ官僚たちの視線はそこにはない。 「……進捗率は60%。予定をわずかに上回っています」 報告を読み上げる声が無機質に響く。 スーツの男——雑貨屋で新聞を手にしたあの官僚は、腕の端末を操作しながら満足げに頷いた。 「順調だな。このまま進めろ」 「しかし……」 若い官僚が恐る恐る口を開いた。 「橋が完成すれば、隣町から大量の移民が流れ込むことは避けられません。一部の学者からも警告が」 「愚かな懸念だ」 彼は新聞を机に広げた。 そこには **『新都市連結計画、順調』** の大きな見出し。 「見ろ、この紙面を。人々は"順調"と聞けば安心する」 官僚のAIが報告する。 「補足:記事の反響は上々です。広報としての効果も期待できますね」 「余計なことを言うな」 若い官僚は何か言いかけたが、周囲の沈黙に押されて口を閉じた。 会議は淡々と進み、淡々と終わった。 --- ## 昼休みの雑貨屋 建設現場では、昼のサイレンが鳴り響いた。 労働者たちは持ち場を離れ、雑貨屋の前に集まった。 缶コーヒー、おにぎり、カップ麺。 店主がカウンターから声をかける。 「お、今日は大盛況だね。現場の調子はどうだい?」 「まあまあだ。六割まで来たってよ」 「そりゃ大したもんだ」 仲間の一人が笑う。 「なあ、この橋が出来たらよ、隣町からお菓子が安く来るらしいぞ」 「お菓子? いいねぇ。俺はビールが安くなりゃ文句ねぇよ」 「そりゃ関税の話だろ、バカ」 笑いが起きた。 労働者のAIが興味深そうに告げる。 「補足:関税削減の話題ですね! お菓子もビールも安くなる可能性、期待が膨らみます」 「いらん! 今はメシの時間だ!」 店主も笑った。 「AIも休憩したらいいのにね」 労働者はおにぎりをかじりながら、橋の骨格を見上げた。 鉄骨は青空に向かって伸びている。 まだ完成には程遠いが、確かに形になりつつあった。 「……まあ、何かは変わるんだろうな」 彼は誰にともなく呟いた。 「良くなるか悪くなるかは、分からんけど」 風が吹き、弁当の包み紙が飛んだ。 誰かが慌てて追いかける。 雑貨屋の前の昼休みは、そうやって過ぎていった。 --- **(第4章へつづく)**