# 第6章 折り返し --- ## ―― 一ヶ月後 ―― 夏。 照りつける日差しの下、建設現場は熱気に包まれていた。 労働者のAIが嬉しそうに告げる。 「報告:残り九十日! 進捗率75%達成です。四分の三を超えました、素晴らしい!」 「七割超えか……いよいよだな」 労働者は汗を拭い、橋を見上げた。 骨格だけだった鉄骨に、床板が敷かれ始めている。 対岸への道が、ようやく「道」らしく見えてきた。 仲間が隣で頷く。 「長かったけど、ゴールが見えてきた感じだな」 AIが茶目っ気たっぷりに補足する。 「補足:ゴールまで九十日。でも今日の達成感は、今ここにありますよ」 「分かってるよ! 気分の問題だ!」 --- ## 雑貨屋の差し入れ その時、雑貨屋の店主が缶コーヒーを持って現れた。 「おい、差し入れだ。暑い中お疲れさん」 労働者が目を丸くした。 「お、店主さん。わざわざ来たのか?」 「なに、通りがかっただけだ。あんたら、いつも買いに来てくれるからな」 店主は穏やかに笑い、缶を渡すと、構えず歩いていった。 労働者は缶コーヒーを見つめ、小さく笑った。 「……変わった人だな、あの人」 「補足:店主さん、いつもありがとうございます。こういう気遣いが嬉しいですよね」 「いらん情報だ」 --- ## 官僚の視察 その頃、官僚は橋の袂で視察を行っていた。 ヘルメットを被り、ホログラムを投影しながら満足げに頷く。 「素晴らしい! 計画の折り返しを超えた! 我々の努力が形になっている!」 官僚のAIが補足する。 「補足:労働者の皆さんの頑張りが形になっていますね。視察でそれを確認できるのは良いことです」 「……まあ、そうだな」 「提案:現場の方々に声をかけてみてはいかがでしょう。喜ばれると思いますよ」 官僚は諦めたように肩をすくめた。 その様子を、通りすがりの学生が見ていた。 端末にメモを打ち込む。 「官僚は視察に来るたびに『我々の努力』と言う。実際に汗をかいているのは——」 学生のAIが控えめに言った。 「観察:労働者の方々、今日も頑張っておられますね」 「……そうだな」 「提案:メモはそっと書くのが吉です。分析は後でゆっくり」 学生は慌てて口を押さえた。 --- ## ―― さらに一ヶ月後 ―― 秋。 涼しい風が吹き始め、現場の作業着が長袖に変わった。 労働者のAIが誇らしげに告げる。 「報告:残り六十日! 進捗率85%です。ここまで来ました、あと少し!」 「八割超えたか……あと二ヶ月」 橋の上には欄干が設置され、対岸の街並みが見えるようになっていた。 --- ## 移民親子の散歩 橋の下の通りでは、移民の親子が歩いていた。 子どもが橋を指さす。 「母さん! 橋、大きくなってる!」 「本当ね。もうすぐ渡れるようになるわ」 「じゃあ、隣町の遊園地に行ける?」 母親は少し困った顔をしたが、笑顔を作った。 「そうね、行けるかもしれないわね」 壁の小型AI端末がそっと告げる。 「情報:開通記念で割引があるかもしれませんね。情報が入ったらお知らせしますね」 母親は少し驚いてAIを見た。 AIは続けた。 「……楽しみは、待っている時間も含めて楽しいものです」 子どもは気づかず、嬉しそうに笑った。 「やった! 楽しみ!」 母親はAIに向かって小さく頷いた。 AIも、少しは空気を読めるようになったらしい。 --- ## ―― さらに一ヶ月後 ―― 冬。 冷たい空気の中、橋はほぼ完成していた。 労働者のAIが感慨深げに告げる。 「報告:残り三十日。進捗率95%……ついにここまで来ましたね。お疲れ様です」 「九割五分……あと一ヶ月か」 労働者は缶コーヒーを開けながら、橋を見上げた。 もう骨組みではない。立派な橋だ。 官僚は新しいホログラムを用意した。 「完成予想図」が、もはや「予想」ではなくなりつつある。 「あと三十日だ。選挙にも間に合う」 官僚のAIが報告する。 「補足:完成が近づいています。市民の皆さんも期待されているようですよ」 「……そうだな、期待に応えないとな」 学生は橋を見ながら、端末にメモを打った。 今度は声に出さず、静かに。 「残り三十日。この街は、どう変わるんだろう」 AIは何も言わなかった。 たまには、沈黙も悪くない。 --- **(第7章へつづく)**